小話集D



※アンケートお礼夢として掲載していたものを加筆修正しました


(出会い)



「闇暗呉葉ちゃん、かな?」


呉葉が死神と取引し、この世界にやって来たばかりのこと。
学校帰りにかけられた声に振り向くと、そこには人の良さそうな笑みを浮かべた男が立っていた。

初対面の人に名前を知られているという不信感を表面に出して見せ、その内心では僅かに警戒レベルを上げる。

なぜなら呉葉はこの男が何者であるか知っていた。
この世界が舞台となった小説に登場する主要人物の一人であり、おそらく誰よりも厄介な人物であると理解している。


「確かにそうですけど……あの、どこかでお会いしましたか?」

「あぁ、ごめんね。俺は帝人くんや紀田くんの知り合いの奈倉だよ。前に二人から話を聞いたことがあって思わず声をかけちゃったんだ」


なんて滑稽だろう、と呉葉は心の内でひっそりと嗤った。
片や何も知らない優等生のフリをして、片や人畜無害な優男を演じている。

知っている人から見れば滑稽にしか見えないだろう。


「そうなんですか。えっと、闇暗呉葉といいます。初めまして」

「初めまして、呉葉ちゃん。どうかな?せっかくだからお茶でもしない?」

「……じゃあ、そこのカフェでもいいですか?もう一度行きたいと思っていたところなんです」


にこり、と微笑んで持ちかける。
それに男は「もちろん」と同じく笑顔で頷いた。









「ところで、いつまでその胡散臭い笑みを貼り付けてるつもりか聞いても?……折原臨也サン」


簡単に言えば、面倒臭かったのだ。
観察するような目で見てくる臨也と仮面を被ったまま腹の探り合いをするのは。

鋭い相手とずっと自分を偽って見せているのも疲れるし、いつかは見破られるとわかっている。
だったら早々に『自分』を見せて接した方が遥かに楽に決まっていた。

視界を遮る邪魔な眼鏡を取っ払い、鬱陶しい前髪を弾く。
身長的に必然と見上げる形になる臨也を上目がちに睨みつける。
呉葉の口元は優等生の欠片もなく歪ませていた。


「……へぇ、それが君の本性か。ずいぶんイイ性格してるみたいだね」

「偽名使って接する人よりマシじゃない?」

「そうそう、何で俺の名前知ってるの?調べた限り、裏に精通してるわけでもないみたいだけど……俺の見落としかな?」

「いや、生憎裏事情は全く知らないね。ただ私は、君が『池袋最強』サンと暴れてるのを何度か見たことがあるだけだからさ」


喋った言葉は間違ってはいないけれど、真実ではない。
何せ呉葉はこの世界に来る前から『折原臨也』がどういう人物か一方的に知っていた。

ただ、そのことをわざわざ教えてあげるほど呉葉は愚かではない。


「……シズちゃんか。本っ当に、いらないことばっかしてくれるよねぇ。早く死ねばいいのに」


表情を歪め、忌々しそうな口調で吐き捨てる。
小説の中でもよく見かけた静雄に対する物騒な言葉に――呉葉は、愉しそうに嗤った。




これは、『ゲーム』が開始されるひと月前の出会い。