小話集@



※アンケートお礼夢として掲載していたものを加筆修正しました


(黄巾賊編後)



「呉葉先輩……!」


背後からかけられた声。
誰かなんて声を聞くだけでわかっていたけれど、その子にしては大きい声で少しだけ驚きながら振り返った。

焦燥が滲んだ二人の後輩。
もう一人がいないことと、この前恋人が目の周りをを青く腫らして帰って来た事実を照らし合わせ、なんとなく二人が自分に話しかけた目的を悟る。
当然、表情には出さずに優等生の仮面は崩さなかったが。


「どうかしたの、二人共。……あれ、今日は紀田くんは一緒じゃないの?」

「紀田くんは……、」


白々しくその彼の名前を口にすると杏里の顔が更に沈み、言葉を噤ませる。
なかなか言わない杏里の代わりに帝人が呉葉に問うた。


「正臣は学校を退学したんです」

「紀田くんが退学?」

「はい。それで僕達も何も聞いてなくて、理由を訊きたくても連絡が取れなくて……。先輩は何か正臣から聞いてたりしませんか?些細なことでもいいんです」


真摯に見つめてくる帝人の視線から逸らして空を見て、考える素振りをした後に申し訳なさそうに首を振る。

その仕草から帝人と杏里の表情が面白いぐらいに絶望に変わった。
仲が良かった先輩も知らないという、希望が断たれてしまったという現実に。


「ごめんね。紀田くんには最近会ってもなかったから気付けなかった。……私がもっと気にかけてればこんなことには……」

「そんな、呉葉先輩のせいなんかじゃないです……!」


後悔を口にする先輩に杏里は慌てて言葉を添える。

呉葉は嘘は何一つとして言っていなかった。
正臣が学校を退学し二人から離れていくことを知ってはいたが、別に正臣から何か相談を受けていたわけではない。
そして今どこにいるのかも誰にも聞いてはいないのだ。

3巻までしか原作を知らない呉葉でも今現在正臣がどこにいて何をしているのか予想はできるが……あえて何も言うことなく黙することに決めた。


「私も紀田くんに何かあったのか調べてみるね。もちろん、わかったことがあったら二人に知らせるよ」

「お願いします」


鎮痛な面持ちで去って行く後輩の姿に呉葉は内心で笑う。
嗚呼、愉しいことになりそうだ――と。





――――――
(波江サンと初対面)



「初めまして、矢霧波江サン。闇暗呉葉です」


自己紹介した呉葉をじっと眺めた後、波江はパソコンの前に座る臨也を睨みつけた。

その視線に気付いた臨也はにこりと笑って呉葉の隣りにまで来て肩を抱く。
まるで自分のものだと主張しているかのように、如何にも普通の恋人同士に見える仕草で。


「やだなぁ。睨まないでよ、波江さん。自分の恋が上手くいかないからって俺に当たるのは筋違いさ」

「検討違いなことを言わないでくれるかしら。あなたがここ最近、私に仕事を押し付けて遊んでいたのがこの子のためだとわかったから睨んでいるのよ」

「え、臨也サン仕事押し付けてたの?」

「呉葉まで人聞きの悪いこと言わないでよ、酷いなぁ。波江さんも仕事分の給料は払ってるんだからいいじゃない」


釣り合ってなかったらとっくにやめてるわよ、こんなとこ。
波江はそう思うも、やけに上機嫌そうな臨也に実際に口に出すことはしなかった。
それは水を差すようなことしたくなかったからではなくて、ただ単純に言ったところで意味がないとわかったからだが。

溜め息を吐きつつ、性悪上司の恋人だという少女を一瞥する。

臨也に隣りに立っても見劣りしないほどに美しい顔立ちをした少女だが、その眼差しは妖しく揺らめいていて雰囲気はどこか歪だ。
高校生の恋人なんて例の趣味の悪い遊びかと思っていたけれど、どうやらその類ではないらしい。


「そうそう、波江サン。大したものではないですけど、これから何かとお世話になると思うのでお近づきの印に」


臨也の腕から抜け出した呉葉のそっと差し出した封筒を受け取って中身を見た瞬間、波江はガシッと呉葉の両手を掴んだ。


「呉葉といったかしら。女同士仲良くしましょう」

「えぇ、もちろん仲良くしましょうね」


にこっと含みのある笑みを作る呉葉。
そんな女二人に仲間外れにされた臨也が不貞腐れたような表情を浮かべている。

封筒からは波江の弟である矢霧誠二の写真が覗いていた。




――――――
(エイプリルフール)



「嫌いだよ、君のこと」

「ふーん」

「好きじゃないし、愛してもない」

「へぇ」

「だからさ、ずっと別れたいって思ってたんだ」

「そうなんだ」

「……」


呉葉を後ろから抱きしめていた臨也は先ほどからの気のない返答に面白くないとばかりに表情を歪める。

その呉葉はというと臨也の言葉を聞いているのか訊いていないのか、適当に相槌を打ちながら背中に引っ付く恋人を剥がそうとはせず、眺めていた本のページを捲り続けていた。
関心は本のみに向けられているようで、もしかしたら臨也の存在そのものすら気にかけてないのかもしれない。


「ねぇ、」


ついに我慢の限界にきた臨也の手によって読んでいた本を取り上げられ、床に放られた呉葉は抗議の意味を込めて背後を睨みつける。


「……読んでたんだけど」

「あのさぁ、恋人から別れを示唆するような言葉をかけられてるのに何その反応」


嫌い、好きじゃない、愛してない、別れたい。
どれも非好意的な言葉であるのに、それを吐いた当の本人は呉葉をぎゅっと強く抱き締めて不満顔を作る。

言ってたこととやってることの内容が伴ってない臨也に呉葉は溜め息を一つ零し、体の向きをなんとか変えて正面から同じように抱き締め返した。

もしここに波江がいたら顔をしかめるだろう光景だが、その波江は今いないのだから問題はない。
二人は人目を憚ることなく抱き締め合った。


「エイプリルフールか。四月ばかとはよく言ったものだね」

「……何だ。わかってたの?」

「もちろん。臨也サンが何かしてくるだろうなーって予想してたし」


だから反応が薄かったのかと目論み通りに運ばなかった現実に不満が募る。
呉葉がどんな反応を見せるか知りたくて、嘘でも言いたくないことを言ったのに結果がこれじゃあつまらない。

すると臨也の肩に顔を埋めていた呉葉が不意に顔を上げて微かに笑む。


「私も嫌いだし、好きじゃないし、愛してもない。ずっとずっと、一緒にいたいだなんて思ってもないよ」


捻くれた恋人同士に相応しい、甘い甘い日。