39



「あ、呉葉せんぱーい!!」


諸手を振る後輩に、呉葉は足を止めて三人が来るのを待った。

皆瀬が来る前に見かけた光景と変わらない様子。
正臣と杏里は沈んでいないし、帝人も小説で読んだ通りの印象と変わりはない。
皆瀬によって加えられたヒビは、皆瀬が消えたことで修復されたようで。

わからないことはあるけれど、元に戻れたからいいってところだろうか。
帝人はともかくとして、正臣と杏里が思っているのは。


「これから遊びに行くんすけど、呉葉先輩も行きません?帝人と杏里、俺と先輩でまさにダブルデート!」

「ちょっ、正臣!!」

「ふふ、本当に仲が良いね。ええと、竜ヶ峰くん、だったかな?」


若干顔を赤くし慌てて幼馴染を止める少年に笑いかける。
優等生らしい控えめであっても好印象を与える笑みを。

実際、呉葉がこうして帝人と話すのは初めてのことだ。
もちろん正臣や杏里から相談を持ちかけられた際に名前は聞いていたし、『デュラララ!!』を知っている呉葉は紹介されずともわかっていたが。


「は、はい。竜ヶ峰帝人です。闇暗先輩、ですよね?」

「あー、そうか。帝人は先輩と話したことなかったんだっけ」

「呉葉先輩は良い人ですから、帝人くんも何かあったら相談してみるといいですよ」

「大したことはできないかもしれないけど、可愛い後輩の悩みぐらいは聞くから遠慮しないでね?」


信頼を置いている幼馴染と少女の言葉もあってか、帝人はさして呉葉を疑うことなく頷く。


「ていうか、先輩!話逸らさないでくださいよ」

「ごめんね。せっかくの誘いは嬉しいんだけど、また今度にしてもらえるかな?今日は先約があるの」


その“また今度”があるのかどうだか。
もう少しで罪歌編が始まり、誘い云々の暇なんてないはずだ。
特に斬り裂き魔の騒動が収まった後、すぐに黄巾賊に戻ってしまう正臣には。

原作には手を出す気はない。
定められたストーリーに自分好みの脚色を加えて引っ掻き回すのも愉しそうだが、その役は黒幕のあの人に譲った。ただ観ているだけでも十分愉しそうだし。

だから、呉葉は何も言わない。教えない。
いつか彼らが呉葉の本性を知るその時までは。


「……あの、先約ってもしかしてその指輪の人ですか?」

「え!!?」


杏里の言葉に酷く焦った様子で呉葉の手元を覗き込む正臣。
隣りの帝人も吃驚している。

何度も目を擦り、夢でも幻でもないことを確認した正臣ががっくりと肩を落とした。


「ええー、呉葉先輩って彼氏いたんすかー?」

「うん。ちょっと前からね」

「その人ってどんな……、」



「呉葉」



噂をすれば、というやつか。
呉葉の彼氏である男は、優しい声で呉葉を呼んだ。