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闇暗呉葉という人間が壊れたのはいつかと訊かれたら、始めからとしか答えるしかないだろう。

生後間もない頃に捨てられ、周囲には敵の大人と自らと同じく壊れた子供しかいない環境であればそれも道理かもしれない。
むしろ、そんな劣悪の環境の中でまともに育った方が異常だ。

生まれた時から植え付けらえた孤独と欠如した心の一部。
やがてそれらが狂気と化したのは、もしかしたら必然の流れかもしれなかった。


そして、今――……。





「、……?」


目が覚めた時、馴染みのない匂いが呉葉の鼻孔を擽った。
人の家というのはそれぞれ住む家によって染み付いたものが違う。服の柔軟剤一つ取っても差があるし、当たり前のことと言えよう。
そしてこれは呉葉の家のものではなかった。

誘拐後に監禁された身としては病院にいるのが妥当かもしれない。
しかし、助けてくれたのは臨也で、大事にしたくないという呉葉の気持ちを汲んでいるはず。

ふと横になったままの視界の隅に黒いものが見えて上体を起こすと、あまりにも無防備な寝顔を晒した臨也の姿があった。


「……こう見たら、人畜無害そうなんだけどなぁ」


仮にも助けてくれた人に向かっての言葉じゃないことを呟きながら、呉葉はその黒髪をゆっくりと梳く。

時々、よくわからなくなる。
臨也の自分に対しての態度もそうだし、今何で自分が臨也の頭を優しく撫でているのかもわからない。
自分が知らないことを知るのは愉しい。でも、これはそういう好奇心とは違う気がした。


「あぁ、起きたかい?」


ガチャリと開いた扉から、小説の挿絵で見た闇医者が姿を現す。

けれど、相手は自分を知らないと思っているので一応警戒しているフリを貫いておく。
すると新羅はあっさりとその演技を信じ、警戒心を薄れさせるためににこりと朗らかに笑った。


「僕は岸谷新羅。そこで寝てる臨也の友人だよ。呉葉ちゃん……でいいんだよね?」

「……はい。ええと、私は折原サンにここに連れて来られたってことで?」

「そうだよ。これでも僕は医者でね。
 いやー、それにしても臨也が周章狼狽としてセルティと一緒に来た時は何事かと思ったよ。臨也にも人の心があったのかと天変地異の前触れかとも慄いたものさ」


奇異なものを見る目で臨也に視線を向ける新羅に呉葉は眉を寄せる。

周章狼狽って……この男が?
確かに部屋に飛び込んできた姿はいつも飄々としてるとは思えないほど焦っていたものだったけど。呼び方がいつものちゃん付けではなく呼び捨てだったけども。

有り得ないものを見るかの如く表情に新羅は苦笑した。
気持ちはわかるが新羅には臨也の心境を察して少し同情する。


「んん……」


寝起き特有の声がしたかと思うと瞼がゆっくりと開き、その下の赤がお目見えした。
しばらく瞬きしたり唸っていたりと頭が覚醒してない様子だったが、呉葉と目が合うとがばっと体を起こして呉葉に顔を近づける。

その勢いに反射で体を引いた呉葉が後ろの壁に頭をぶつけてしまったのはまた別の話。