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『デート』――異性と会うこと。逢引。

辞書で引くとこんなとこだろうか。
確かに互いに異性だし、逢引というのも間違ってはないが……。


「というか、実際はただの情報を受け取るだけだしね。折原サンが紛らわしい言い方してるだけだし」


言い訳のようなことをブツブツと呟きながら放課後の街並みを歩く。

二人きりで会ったことも何度かあるし、今では家に上りに来るほどの仲ではある。が、デートなどと言われてしまうとどうも違和感があるというか、変な感じがした。
まず呉葉は意外なことに異性事には慣れていないのだ。
いざとなればそつなくこなせるだろうけど、する気にはなれない……呉葉にとって恋愛観などその程度だった。

呉葉は頭を振ってもやもやとする考えを振り払う。
それと同時に学校にいる間はマナーにしていた携帯が震え、画面を見てみると電話だったため一本脇道に逸れた。
こんな騒がしい街中だと落ち着いて話などできはしない。特に相手が臨也となると。


「もしもし、」

『呉葉ちゃん?今、どこ?』

「学校出てすぐのとこ。……別に電話しなくてもすっぽかしたりしないけど」

『その心配はしてないさ。呉葉ちゃんて意外と約束は守る子だって知ってるし』


意外とは余計と思いつつ、携帯を持ち替えて「それで?」と話の続きを促した。


『例のストーカー犯も電話してる間はさすがに何もしてこないだろう?念には念を入れた方がいいと思ってね』

「嗚呼、なるほど。それは助かるかも。
 ……てか、折原サン今回の件にずいぶん協力的だけど何か企んでんの?」

『酷いなぁ。ただ俺はせっかくのお気に入りが他の奴に盗られるのが気に喰わないだけだよ』


疑われたことにいくらか気分を害したらしい。
拗ねた声が携帯から聞こえて思わず呉葉は笑みを零す。

何だか臨也の態度が原作で知ったものと違う気がする。
自分の欲に対して素直だっていうのは同じだが、その欲自体が捻くれた思考の臨也にしては珍しいものなのだ。
殊更、呉葉に関しては。

そのことに呉葉本人は気付いていないが、何となく違和感だけは感じていた。


「そういえば折原サンて、んぐッ!?」

『呉葉ちゃん?どうかした?』


携帯から臨也の訝しげな声が聞こえてくるが呉葉はそれに返すことができなかった。

口元に宛がわれた布のせいでくぐもった声しか出ず、抵抗したいのに体は強い力に拘束されてるせいで身動きもままならない。
以前臨也がした状況と似ているが、あれは戯れ半分だった。
武術の心得もない女子高生に本気の男の力が適うはずもない。


『呉葉ちゃん!?聞こえてる!?呉葉ちゃん!!?』


手から滑り落ちた携帯が地面に落ちてカシャンと音を立てる。
焦燥に滲む臨也の声だったが、次第に視界がぼやけ、意識が遠退いていく呉葉の耳にはそれすらも聞こえなくなっていった。

呉葉の抵抗が弱くなっていくことに気付いたのだろう。拘束する力が緩む。
抜け出すチャンスだというのに呉葉の体は全く動きもせず、相手に体を預けてしまう始末。
バキ、とまだ通話中の携帯を割った足はどちらのものだっただろうか。

完全に意識を手放す直前、生暖かい吐息が呉葉の耳にかかる。


「これでやっと一緒になれるね……」


それは、若い男の粘つくような気持ち悪い声だった。