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もしかしたら甘くみていたのかもしれない。



臨也に犯人捜しを依頼してから一夜。
あんな時折意味のわからないことをしでかす臨也でも情報屋としての腕は信頼しているし、きっときちんと仕事をこなしてくれていることだろう。つまり心配する必要はなし。
面倒ではあるけれど、日課になりつつある新たにまた来たであろう写真を処理しようと郵便受けを開ける。
広告と私的な手紙が数枚。そして問題の真っ白な宛名も何も書かれていない封筒が一つ。

どうせいつもと同じだろうと思いつつも念のため封を切り、中身を取り出す。
登下校中の知人といる時や、買い物中のもの。他には後ろ姿のものがあったりと、いずれも気味悪い盗撮写真ばかり。

最近の呉葉は他人の目に気を付けて、自分でもさり気なく探っているのになかなか犯人は尻尾を出さない。
隠れるのが上手いのだろうか。
観察眼は人並み以上にあると自負している呉葉だけあって、少し悔しいと思ったり。


「……ん?」


毎回のことだし、特に何思うわけでもなく処分しようとした時に気付いたそれ。
四つ折りにされた紙は今まで入っていたことがなかったのに。

より気分が悪くなるとわかっていたが興味を覚えて広げてみると、そこには一字のみしか書かれていなかった。



『愛』



「……罪歌じゃないんだからさ……これはこれで面白いけど、狂った文面を期待していたのに」


現実を否定し、妄想に逃げ込んだ人間の感情は同じ狂った呉葉であっても理解しずらいもの。
せっかく滅多に経験しない出来事だから愉しみたかったがこれは期待外れだ。

興味が失せた呉葉はその手紙を無造作にゴミ箱に放った。




***





物質的な被害がないから大して気にもしていなかったのだけれど……。

朝、登校ピーク時にやって来た呉葉はいつものように自分の靴箱に手を伸ばして開ける。
そして自然に慣れた動作で上履きを掴もうとして固まった。


「参ったな……」


舌打ち付きの素での呟きだったが、その小さな声は誰の耳にも届かなかったらしい。
ぎょっとした顔で呉葉を振り返る者は誰もいない。
無意識のことだったかは定かではないが、呉葉の意識は周囲よりも目の前のものに向けられていた。

一見しただけでは何の変哲もない上履き。
学年カラーが入り、少し薄汚れた靴は使い慣れた感がある。おそらくほとんどの人がこんな状態だろう。
けれどその上履きには他とは違う、呉葉が困っている原因のものがあった。

上履きの中と外に散りばめられた『愛』の文字がその存在を不吉に主張していた。