手を伸ばせば届く距離にいつもいた。

……なんて言っても、実際はそれ以上離れないように早足について行っただけ。
足の長さが違うのだから当然と言えば当然。何より彼には“一緒に歩く”という考えがないのだから余計にそうだろう。


「あれ、今日は臨也と一緒に帰らないのかい?」


その指摘に、名前はじくりと痛んだ胸に気付かないフリをした。

新羅が言うのももっともで、普段の名前なら授業が終わると同時に二つ隣りの臨也のクラスに行っている。
しかし今は支度すら整っていない状況で、帰る様子が全く感じられない。


「……さすがに、彼女がいるのに幼馴染と帰るわけにいかないでしょ」


名前は溜め息を吐くように呟いた。
落胆よりも呆れが強く出るように意識しながら。

臨也に彼女ができたという噂は名前の耳にすぐ届いた。
噂を鵜呑みにするほど愚かではなつもりだが、生憎名前はその告白の場面を直接目にしてしまっている。
相手は確か臨也のクラスの可愛いと有名な女の子だ。勝てるはずがない。

そもそも望みもなかったんだけど……と遠い目をする名前に、新羅は恐る恐る問いかける。


「それ、臨也が言ったの?」

「違うけど。でも彼女より幼馴染を優先するなんてありえないし、大体一緒に帰るのだって約束してるわけじゃないしね」


ただ名前の我儘で一緒にいるだけ。
もしかしたら向こうは鬱陶しいと思っていた可能性だってある。

なんともネガティブな考えだと自覚もしているが、臨也相手に期待している方がバカらしいと身を以って経験していた。


「だけど、臨也は……」

「もういいって。それより新羅も帰らなくていいの?」

「……あぁ、うん。そうだね。セルティも待ってるし僕は先に帰るけど、名前も早く帰りなよ」


まだ何か言いたそうにしていた新羅だったが、無駄だと思ったのかそれ以上何も言うことなく教室を出て行く。

一人二人と教室からクラスメイトが姿を消し、ついに名前だけが残る。
すっかり陽が落ちた頃、名前はようやく帰宅すべく席から立ち上がった。

静かな廊下にキュキュッと上履きが滑る音が響く。


「遅い」


靴に履き替えて前を向いた瞬間に聞こえた不機嫌な声。
聞き間違えるはずもない幼馴染の声に名前は慌てて周囲を見回し、見えた短ランの裾に慌てて駆け寄る。


「な、何で臨也がまだいるの!?彼女は!!?」

「はぁ?……まさか、あのくだらない噂を信じてるわけじゃないよね?」

「え、いやでも……昨日、告白されてなかった……?」


しどろもどろに名前が言うと、臨也はわざとらしく大きな溜め息を吐いた。
その仕草が妙に苛立つのはいつものことだ。


「覗き見云々はこの際気にしないであげるよ。で、どうして君は俺の幼馴染をやってるくせに俺が彼女を作るはずがないってことを理解してないのかな?」

「……えと、ごめんなさい?」


思わず謝ったが名前は意味をよく理解していなかった。
彼女がいるいない関係なく、わざわざ自分を待っていたわけもわからない。

臨也は未だ混乱して突っ立っている名前の腕を掴むとそのまま歩き出した。


「一つ付け足すと、彼女を作らないと言っても『名前以外のは』ってことだから」

「………………へ?」






ゆっくりと歩こう






茫然と引っ張られるがままに付いて行く名前がふと気付く。
臨也が自分の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれており、その表情が仄かに赤くなっていることに。

そしてようやく何を言われたのか理解した名前は、夕陽に照らされながら頬を真っ赤に染めたのだった。




――――――
ゆっくりと歩こう」//0さん