少女は、とてつもなく機嫌が悪かった。


「……」

「ぐ、ぅ……」

「化け物が……ッ」


満身創痍の姿で罵る男達は滑稽としか言いようがなくて。
やめればいいのに逃げもせず、また向かってきた動きは単調すぎる。

少女――名前は、冷めきった目で見据え、冷めた口調で吐き捨てた。


「アル、かまいたち」


名前の側で構えていた『アル』と名付けられたポケモン、アブソルは容赦なく攻撃を浴びせる。

どうもここは自分がいた世界とは違うらしい。
ほんの少し前、名前をこの世界に吹っ飛ばした本人が言っていたのもあるが、男達の反応を見てもそれを肯定するしかなかった。

だから、と言うのもなんだが、つまるところこれはただの八つ当たりだった。
何が好きで異世界に行かなきゃいけないのか。強制的に連れて来られて納得のいかない名前が鬱憤を晴らすために行う蹂躙。
一応、最初に手を出してきたのは向こうのため正当防衛に入るのだが……ここまでくれば過剰防衛に当たるだろう。どうでもいいが。


「誰だか知らないけどさぁ……運悪いね、おっさん達。私、今徹底的に痛めつけてやりたい気分なんだよね」

「ガキがッ、調子にのんじゃね……!!」

「出ておいで、レイ」


男の言葉を遮るように放ったボールからエルレイドが現れる。
手持ちの中で最も攻撃的な彼は名前を見て男達に視線を移した後、嬉しそうにテレパシーで名前に話しかけた。


(ねぇねぇ、マスター。こいつら殺っちゃっていいんだよね?)

「好きにしな」


許可を出せばその顔が更に喜色に染まる。

聞こえてくる悲鳴を無視し、先に役目を終えたアルの頭を撫でた。
気持ちよさそうに手に擦り寄ってくるアルに名前は少しだけ表情を緩める。……が、それも一瞬。
すぐさまひんやりとした空気を纏わせ、新たな闖入者を睨みつけた。

こいつらの仲間かと思うが多分違う。
雰囲気が明らかに異なっているし、やられているこいつらを見ても怒りもしないのだからきっと正しい。


「君、何者?そいつらは僕の獲物だったんだけど」

「そんなの知るか。喧嘩売って来たこいつらが悪い」

「……まぁ、手間が省けた分は感謝するけどね」


その男は名前の両隣りに来て守るように立ち塞がるアルとレイを見て「ワォ、」と口角を上げた。
嬉しそうに、肉食獣の如く笑みを浮かばせる。

……なんとなく、良い予感はしなかった。


「それって新種の匣かい?ずいぶん珍しいもの持ってるね」

「“ボックス”?」


聞き慣れない単語に首を捻る。
ポケモンがこの世界にいないのは理解済みだけど、その匣とやらは何だろうか。


「雲雀恭弥」

「は?」

「僕の名前だよ。君は?」

「……名前、だけど」


ゆっくりと腰に手を伸ばして躊躇いながら名前は答える。
触れたボールを握り締めた。

雲雀と名乗った男は「名前ね、」と呟き、空いていた距離を少しずつ詰めてくる。

まるで凶暴な野生のポケモンに遭遇したみたいだ。
警戒して威嚇するアルとレイを気にもしない男には、名前にそう思わせるほどの雰囲気を持っていた。


「ねぇ、僕のところに来ないかい?悪いようにはしないよ」

「は、初対面の男にほいほいついて行くとでも?」

「行かないだろうね。でも、僕は欲しいと思ったものは力ずくでも手に入れる性質なんだ」


最後の言葉を耳にすると同時に名前は慌ててその場を離れる。
先程までいた場所にビュッと空気を切り裂くような音を立てて雲雀の持つトンファーが過ぎた。

良い反応だと笑う雲雀を余所に握っていたボールを放る。


「アルはかまいたち!レイはねんりきで時間を稼いで!」


かまいたちで迂闊に近づけないようにし、ねんりきでバリケードを作って塞ぐ。
その間に名前は新たに出したポケモン、フライゴンの背に乗った。

すぐさま状況を理解した彼女は主人を乗せてふわりと地を離れる。
相手は人間で、空を飛ぶ術はないと知ってはいても威嚇することは忘れずに。

地上に残った二匹をボールに戻した名前が安堵の息を吐いた瞬間、ぞくりと悪寒のようなものが背に走った。


「逃がさないよ。絶対に捕まえてあげるから」

「……ッ、」






巻き込まれた、何故に






捕食者じみたその笑みは、逃げ切って姿が見えなくなってからも名前の頭から消えることはなかった。




――――――
巻き込まれた、何故に」//Lunaさん