「隣り、いいかな?」


十年前、グレイシア王国。
王政が廃止される約一年前、二人は出会った。

深々と降る雪を背にテラスへ踏み入れた人物を見て、当時9歳だったノアは無邪気さを意識した笑みを浮かべる。


「もちろんです。……ですが、寒くないですか?お風邪を召される前に中に戻りませんと」

「それは君もだろう?」

「私は慣れていますから」


本音を言えば確かに寒いのだが、それでも中に戻って面倒な夜会に参加するよりは遥かにマシだった。

こんな寒いとこ、誰も来ないかと思ったのに。
当てが外れたと面倒な顔を表に出さぬよう気を配る。


「名を伺っても?」

「ノアと申します。初めまして、イザナ様」


グレイシア王国王弟の娘、ノア。
それがノアが今世に与えられた地位である。

王位継承権からは外れ、姫という肩書はあれど権力はそれほどない。
従兄弟の王子・王女と比べれば自由度は高いだろう。

もっとも、すでに王政を廃止すると決まっている今となっては意味のない差かもしれないが。


「ノア……なるほど、君が噂に聞く才女と名高い姫君か。国の学者と並ぶほどの頭脳を持つと聞いたよ」

「そんな……大げさですよ。噂はあくまで噂です」

「それはどうかな。少なくとも私は君が弟と同い年には見えないほどの賢者だと思うよ」


こうして会話を交わすだけで、ね。
笑顔と共に付け加えられた言葉にノアは内心で苦虫を潰した。

頭の良い、洞察力に優れた男だ。ただノアを褒め称えるだけの貴族とは違う。


「……だとしても、どうするというんです?」


素を見せることはしないが、それでもいくらか本来のノアに近い表情で問いかける。

きっとそれは9歳の少女には見えない顔だっただろう。
けれど、イザナはその大人びた顔に満足げな表情を浮かべて言った。


「俺と友人になってもらいたい」





















吐く息は寒さから白く濁り、雪の降る外気と混じり消えていく。

寒いのは嫌いではなかったが、得意でもなかった。
けれど、十年以上も過ごしてきた国だ。慣れるには十分すぎるほどの時間が過ぎている。

ノアは首都行きの馬車に揺られながら物思いにふけていた。
思い返されるは港町で再会したイザナの言葉。



「まだお前のご両親には話を通してはない。今すぐに答えを出せとは言わないが……そうだな、クラリネスに戻ってくるんだろう?俺もしばらくは城にいるつもりだし、その時に答えを聞かせてくれ」



それ以上は婚約について何も言わなかったイザナは、同じ部屋で一晩を過ごして次の朝にはノアとは逆にクラリネスへと向かって行った。

出会ってから十年も経ったが、未だにイザナは読めないところがある。
友人という関係を築いても腹の探り合いをするようなやり取りは、頭が痛くなる時もあるが嫌いじゃなかった。


「……まぁ、アイツが私に話を持ちかけた理由もわからなくはないけど」


王政が廃止されたとはいえ、今もなおグレイシアでは権力を誇るユキシロ家。
遠国故(ゆえ)に大した繋がりもない関係を続けてきたが、婚約が実際に結ばれることになれば両国の繋がりは強まり、齎される影響は大きいだろう。

政(まつりごと)に興味もなく無関係な立場でいたノアでもわかる。
国を思えば、諸手を挙げて歓迎すべき話なのだ。

とはいえ、国そのものにそこまでの思い入れがないノアには歓迎する気もないが、そんなことぐらいイザナは知っているはず。


「答えを私に任せたってことは正式な話ではないってことか。アイツ自身の申し出……にしてはあっさりしすぎてる気もするけど」


あくまで関係は友人だった。
関係に色恋を挟んだことは一度もない。

それともそう思ってたのはノアだけで、イザナはそういう対象として見ていたのだろうか……。


「……どうにしろ、もう一度アイツと話しなきゃダメかな」


やれやれと溜め息を零したノアは目的地に着いた馬車から降り立つ。
広がる首都の景色は相変わらず雪で覆われていて、それを無表情で眺めつつ自分の帰りを待っているであろう両親がいる家に向かって歩き出した。