希明は特別料理が好きというわけではない。
前世は母親が料理上手で裕福なこともあって舌は肥えていたが、両親を亡くしてからは食事に関して頓着してなかった。

それは転生した今も変わらぬことで、食に多大な影響を及ぼす薙切家と血縁関係がありながらも料理人になるつもりはないはずだった。


「なのに何でここにいるんだか……」


思わず口を突いて出た言葉に溜め息を吐く。

規定の範囲ながらも適度に着崩したブレザー。
茶色のチェックスカートに襟元を締める紺の縞模様が入ったネクタイが特徴のその制服は、遠月学園の生徒であることを示していた。

高等部に進級して一年、中等部を加えれば更に三年。
今更すぎる気もして呆れてくるが、今年からはまた違う意味を持ってくる。


「希明さんっ」


呼ばれた声に視線を向ければ待ち人の姿。
秘書を伴って嬉しそうに駆け寄って来る彼女に希明は寄りかかっていた壁から体を起こして迎えた。


「希明さん、どうしてこちらに?」

「えりなの付き添いをするように総帥から言われてね。編入試験の監督をするんだって?」

「えぇ、評議会入りするとそういった仕事も回ってくるんですね。……でも、希明さんと一緒にできるのですから偶にはいいかもしれませんわ」


尤も、試験になるか怪しいところですけど。
笑顔を浮かべて喜びを露わにしながらも、えりなが吐く呟きにはどこか冷めた響きがあって。

『神の舌』という異名を持つ、同世代トップクラスの実力を有す料理人。
故にその感性は独特であり近寄りがたい雰囲気を孕んでいるのだが、なぜか幼馴染でもある希明には憧れを抱き懐いていた。

会場に着いた途端に訪れるざわめきを他人事のように流し、自身は試験に関わるつもりはないので成り行きに任せる。
その顔は無表情で何の色も浮かんでおらず、傍目には無関心に映ったことだろう。

事実、希明は関心こそあったわけではない。……が、しっかりとその光景を眺めていた。


「希明さんも試食して頂けますか?」

「それはいいけど……残ってるよ、一人」


えりなが卵を題材に試験内容を発表すると、皆顔を青ざめて一目散に逃げてしまう。
それは前世で見た記憶と同じ。――ただ一人、挑戦者が残ることも。

驚いた表情のえりな達に彼は自信に溢れた笑みを口元に刻んでいた。