指定された場所に行った時、呼び出した本人であるオリオンはすでに来ていた。

ノアの姿を目にしたその途端、座っていた椅子から立ち上がり足元に跪く。
恭しく手を取ったオリオンが口づけるのを、ノアは冷めた目で以って見下ろした。


「お招きに応じてくださったこと、感謝致します――ノア様」

「断れない状況に追い込んだ奴に言われたくないね。……まぁ、いいけど。さっさと立ってくれる?人に見られでもしたら何て言い訳するつもり?」


掴まれたままだった手を振り払い、紅茶の用意されていた席に座る。
それに従ってオリオンも対面に腰を下ろした。

立ち上る香りから察するに、ブラック家ご用達の一級品だろう。
ご機嫌伺いに余念がない様子に呆れを通り越して感心するしかなかった。

念のため薬が入れられている可能性を考慮して申し訳程度に口をつけておく。


「単刀直入に申し上げますが……なぜ、あの方の申し出をお断りになったのですか」

「……リドルのことか。別に、アンタになぜって言われる理由はないと思うんだけど」

「ノア様はあの方と同じく、この世界を統べるのに相応しいお方です。高潔で稀有な血が尊ばれる世界へと導くための力があなた様には備わっていらっしゃるでしょう。間違っても、穢れた血を庇うなど……あってはならないはずです」


あぁ、まだ子供だな。
幾分か冷静とはいえ、感情の起伏が言葉の節々に感じられてノアはそう思った。

ノアとオリオンとでは根本的な思想が違うことに、自分が正しいと思っている彼には一生理解できないに違いない。


「どいつもこいつも純血主義を押し付けてくるのやめてくれないかな。私は自分の意見を変えるつもりはないよ」

「……あの穢れた血ですか。ノア様に纏わりついているあの穢れた血の女のせいでノア様は、……ッ」


ぞくりと走った悪寒にオリオンの言葉が途切れる。
冷水を頭から浴びせかけられたような、そんな感覚に紡ぎ出していた口は閉じざるを得なくなった。

その原因であるだろうノアは、感情の一切を削ぎ落とした無表情でオリオンを射抜いている。

彼は知らないのだろうか。
シェリルに手を出そうとしたリドルに対してノアが行った牽制を。知った上でのことなのか。


「それ以上口に出すなら潰すよ」


杖はまだ、抜いていない。
殺気だってまだ向けていない。

けれど、青い瞳が浮かべている感情は敵意であり殺意だった。


「面倒なことはしたくないからさ、私の怒りを買いたくなかったら黙ってろ」

「……何をしている」


低い、重圧感のある声が鼓膜を刺激する。

パッと振り向くと扉の前に無表情のリドルが立っていた。
雰囲気には確かな苛立ちが孕んでおり、視線の先にいるオリオンは顔色を更に悪くさせるほどに冷たく鋭い。

暖かかったはずの紅茶はすでに冷めてぬるくなっていた。