日本の6月と言えば梅雨に入り、じめじめとした日が続く季節だ。
だが、ここはイギリス。日本とは逆に雨が少なくてカラッとしている。

雨は嫌いではないけれど、梅雨の鬱陶しさは好きではないノアには嬉しい天候だった。


「もうすぐ5年生も終わるわね。ふふ、今年の夏は予定がたくさんあるから楽しみなの!」

「その前に学年末テストがあるけどね」


浮足立つシェリルにさらりと現実の突き付けて、ノアは図書室の本を抱え直す。

辺りは薄暗く、人気はない。
図書室で就寝時間ギリギリまでいたノアとシェリルは、会話しながら足早に寮へと向かっていた。
こんなことで減点を喰らうのはごめんである。

近道を使おうと二人が角を曲がった時、不意にノアが足を止めた。


「ノア?どうしたの?」

「今、誰かの声が……」

「声?何も聞こえなかったわよ?」


首を傾げて不思議そうなシェリルを余所に、ノアはじっと暗闇の奥を見据える。
それはまるで何かがそこにいて、その“何か”を威嚇しているようで。


「先帰っててくれる?ちょっと用ができた」

「え、でも……」


ノアの様子から見るに只事ではないとわかっているのに、一人置いて行くことに躊躇うシェリル。
けれど、行かないでと止めても無駄だし、自分が一緒に行っても足手まといなのだろうとわかっていた。

どうしようと困って踏み出せないシェリルに、言葉を重ねて再度促される。


「私のことは心配しなくていいから。何も訊かずに、できるだけ人の多そうな道を使って帰って」

「……わかったわ。でも、気を付けるのよ?絶対に無事に帰って来てね」

「わかってる」


ちらちらと背後を気にしながら先に行った友人を見送り、ノアも彼女とは違う道を歩き始めた。

行く先に迷いはない足取り。
目的地に近付くにつれて大きくなる『声』に無表情はだんだんと冷たさを帯びていく。

階段を一つ、二つと登って3階に到達すると今度は廊下へ。
辿り着いたと同時にノアの口から飛び出したのは常人には聞き取ることのない言葉であり、人語ではないそれが女子トイレに響き渡った。


『今夜はアンタのすることはない。元にいた場所に戻れ』


シューシューと漏れる音は『声』に程遠く。
だが、それを『言葉』だと理解できる彼は振り返ってノアを見つめながら苦々しく表情を歪めていた。