「だ……誰だよ、あの美人は!!?」

「船長が街で引っかけた女……にしては上等すぎるか。つーか、船長がそこらの只の女を部屋に入れるとは思えねぇし」


部屋のドアにちらちらと視線を送りながら船員達は小声で言葉を交わす。
その誰もが頬を赤く染めており、一瞬とはいえ間近に見た美貌に見惚れているのは明らかだった。

そんな浮ついた雰囲気の中、ロー達と一緒に帰って来たベポがにこにこと笑みを零しながら嬉しそうに言う。


「あのね、あのお姉さんが俺の友達になってくれたノアなんだ!すっごく綺麗だよね〜」

「なっ……!!」

「嘘だろ……てか、可笑しいだろ!?何でクマのお前があんな美女と仲良くなれんだよ!!?」

「クマですいません……」


昨日ベポが嬉しそうに語っていたのは覚えているが、正直興味がなかった一同は驚きの声を上げた。
物好きがいたもんだと思って特に詮索もしなかったことを後悔し、影を背負ったベポ同様に深く落ち込む。

その中で最も早くショックから立ち直った『PENGUIN』と書かれた帽子を被った男――ペンギンは改めて船長室を振り返った。
帽子の下から覗く目は訝しげに細めている。

ベポの友達だとしても、なぜ船長であるローが滅多に他人を入れない自室に招いたのか理解できなかった。


「船長はどういうつもりなんだろうな。初対面の女を船に入れるような人じゃないだろ、あの人は」

「ん〜、どうやらキャプテンもノアのこと気に入ったみたいだよ!すごく楽しそうな顔してたし」

「えっ、じゃあ何。あの子も仲間になるかもしれねーってこと!?」


むさ苦しい男所帯に華が咲くかもしれないと色めき立つ。
人間ではないため異性事には関心がないベポも、ノアが仲間になればいいと思ってにこにこと笑顔を振りまいていた。

彼女が仲間なることを想像して表情をだらしなく緩ませる船員達を余所に、閉じられていた船長室のドアが若干荒く開かれる。


「「「!!」」」

「あっ、ノア。キャプテンとのお話、終わったの?」


姿を見せたノアにベポが問いかければ「まぁね、」と感情の起伏が薄い声が返答した。
そして自分が視線を集めていることが気に喰わないのか顔をしかめ、けれどもそのことについては何も言わずにベポにだけ声をかける。


「帰るから道案内して。ついでにそのまま出かけようか」

「うん、わかった。ちょっと待っててね。準備してくる」


パタパタと軽い足音を立てて走るベポを見送るノア。
角の向こうに姿が消えると壁に背を預け、全ての視線を黙殺した。

そんな拒絶した空気を纏っている彼女だったが、好奇心を押さえることができずに船員の一人がおずおずと近付く。


「あのー、」

「……何?」

「船長とは何を?」


その船員――シャチの勇気ある質問に他の船員が感心しながら答えを固唾を呑んで待った。

期待が滲んでいるのを知ってか知らずか、ノアはシャチの質問にあっさりと吐き捨てる。
無表情のまま、何の一切の感慨を含ませない声音で。


「勧誘されて断った。……それだけだけど?」

「え、」

「えー!?」

「断った!?あの船長の誘いを!!?」

「てか、嘘だろ……。あの船長が断られて簡単に引き下がるか?」


ざわめく空気をまたもや全て無視し、ベポが戻ってきたのを見て背中を浮かせて立った。
ノアにとって、彼らに一々関わるほどの理由が存在していないのである。

さっさと立ち去りたいのを感じ取ったのか、ベポは騒がしい仲間達に疑問を覚えたようだが特に何も言わずにノアの腕を引いた。


「お待たせ。それじゃあ、行こう?」

「そうだね。……じゃ、お邪魔しました」


白い巨体とその横を歩く凛とした背中がどれだけ不釣り合いなことか。
信じられないものを見るかのような視線を向けても、やはり彼女が振り返ることはなかった。