青く、青く。海の底の水を煮詰めて凝縮したような深い青。
まるで人魚姫のような美しさを持つ少女に、振り返る人は少なくはない。
少女――ノアは、辺りから絶えない視線を鬱陶しく思いながらも街を歩き進み、目的の家に着くと静かに戸を叩いた。
「ノア、」
「こんにちは、白ゆ……何。何かあった?」
出迎えた友人の様子がいつもと違うことに気付き、少し眉を寄せながら尋ねる。
それに驚いたのは白雪だ。
自分ではいつもと変わらないでいたつもりなのに、この友人はそんな些細なところも見抜いてしまった。
他人に無関心なノアが自分に気遣っている。
その意味することを理解していた白雪は笑み、まずはとノアを家に招き入れた。
「――第一王子の愛妾、ねぇ」
「はは……まさか髪色を理由に選ばれるとは思わないよね」
「さすがはバカと名高いうつけ王子。阿呆らしずぎる」
呆れ返って呟き、出されたカップに口をつける。
けれども、ノアの心の内では原作が始まったことを冷静に受け入れていた。
どうしようかと考え、ノアは目を細める。
「で、どうすんの?」
「旅に出ようと思ってる。今すぐにでも」
覚悟の色を灯してまっすぐに見据える白雪に、自然と弧を描く口元。
彼女のこういうところをノアは気に入っていた。
他人に自分の進む道を決められたくないと思っているノアは、白雪のこういった姿勢にとても好感を持っている。
少なくとも原作と関わりたくないと考えていたのに、その主人公と親友になっても構わないと思うぐらいには。
すでに旅支度を始めていると察し、一気に紅茶を飲み干して席を立つ。
どうしたのかと問う白雪にノアはあっさりと答えた。
「私も支度して来ようかと思ってね。早いに越したことはないでしょ」
「え?……もしかして、ノアも一緒に来てくれるの?」
「そのつもりだけど?白雪いないんじゃ、この国に留まる理由ないし」
この国に対しての興味はとっくに失せている。
それでもタンバルンに居続けたのは白雪がいたからで、その白雪が出て行ってしまうなら同じく出て行っても問題はない。
まぁ、一緒に行けば原作に巻き込まれるとわかっていたが、ここで彼らと接点を作っておかないと後々白雪に会うのが難しくなるだろうとの判断だ。
「私は元々旅人だしね。申し訳なさを感じる必要はないから。……さて、荷物まとめて部屋を引き払ってくるから待っててくれる?」
「わかった。……ありがとう、ノア」
しばらくは見れないであろう親友の髪の長い姿を目に焼き付け、ノアは優しい笑みを返した。