「ノア先輩」
本に伸ばしかけた手がピタリと止まる。
今となってはすでに聞き慣れた声。
ノアはいつものように表情を変えぬまま、レギュラスに視線をやった。
「今日は何を読むんですか?」
「『魔法と錬金術の関連性』」
「あぁ、それなら僕も読んだことがありますよ。少し難しくて理解に時間がかかりましたが……先輩なら苦もないでしょうね」
視線を本に戻したノアが棚から引っこ抜き、ページをパラパラとめくる。
読み飛ばしているようでも、目はしっかりと文字を追っていた。
そんな普段と変化のないやり取り。
まるで、昨日の出来事など何もなかったように。
だが、それは次の一言で崩壊する。
「好きです」
ノアは鋭いくせに鈍感だと揶揄されることが多々あった。
元来、恋愛というものに興味がないからというのもあるし、自分の性格がお世辞にも良くないことを自覚しても容姿については無自覚だからというのもある。
けれど、あれほど率直に好意を示されて気付かないわけがなかった。
「……まぁ、魔が差しただとかそんな理由であんなことしたのなら蹴飛ばそうとか思ってたけど」
「蹴るってところが先輩らしいですね」
苦笑するレギュラスにノアは本を閉じると、棚に背を預けて寄りかかる。
正直、何て答えたらいかわからなかった。
こういうことに慣れてなどいないし、適当にフるにしたってレギュラスとは関わりすぎている。そんなことはさすがにできない。
だからといって告白を受け入れて付き合うのも違う気がした。
「本当は言うつもりもなかったんですよ?断られるのわかってますし」
「……」
「ただ……何か、我慢できなくて。いつまで経っても先輩は僕を男として見てくれませんし、呼び方も未だに名字ですし」
人気のない図書館の奥でレギュラスの声が響く。
ノアは、口を挟むことなく沈黙を守っていた。
「昨日のことも、すみません。先輩のことも考えずに自分勝手にしてしまって申し訳なく思ってます。でも、後悔はしてません。あの一瞬は、僕にとって今まで一番幸せな時間でした」
嬉しそうに、本当に嬉しそうにはにかんで無造作に流れるノアの青い髪に口づける。
それは求愛というよりも、どこか神聖な行為に見えた。
抵抗などせず受け入れていたノアがようやく口を開く。
「私は、アンタの想いに応えられないよ」
「それでも僕は諦めませんけどね。これからは遠慮しないつもりなので、先輩も覚悟してくださいよ?」
絶対に好きにさせますから。
そう言って笑った顔はとてもスリザリンらしさを感じさせるもので。
面倒な奴に好かれたとノアは「勝手にすれば?」と投げやりに返すも、頭の中ではこの後輩から逃れる術を考え始めるのだった。