「そこ、どいてくれる?」


ひんやりとした、なんて表現では生ぬるい氷の如く鋭い声。

ハッと我に返った男子生徒一団が慌てて振り返ってその主を目視した。
誰かの唾を嚥下した音が嫌に響く。


「ミス・ユキシロ……」


そのレイブンクローカラーを身に纏った女子生徒を知らぬ者はこの場にいなかった。

ノア・ユキシロ。
代々続く由緒正しき純血の一族の令嬢であり、整った顔(かんばせ)はホグワーツでも一、二を争うほど。また成績も必ず上位に食い込んでいて男子生徒からすれば憧れの高嶺の花だった。

そんな少女が目の前にいて、不機嫌な表情で睨まれている。
緊張で固まってしまった男子にノアは更に言葉を吐き捨てた。


「聞こえなかった?通行の邪魔だって言ってんだけど」

「は、はい!」

「すみませんでした!!」


蜘蛛の子を蹴散らすように逃げて行く男子に思わず嘆息。
情けないにもほどがある。

ノアはようやく開けた道を進もうとした矢先に転がるように倒れていた男子の姿を見つけた……が、関わる気は皆無なのでそのまま横を通り過ぎた。


「あ、あの!」

「……何?」

「ありがとう!その……助けてくれて」

「助けたつもりはないから礼を言われる筋合いもない。さっさと行けば?ポッター達がアンタを探してたけど」


酷く面倒そうに答えて、今度こそノアは寮へと歩みを進める。

その凛とした後ろ姿をピーター・ペティグリューは惚けたように見つめていた。


























この世界に転生してから十年と少しが経った。
前世とはあまりにも違う世界に目に映るもの全てが新鮮に感じていたが、今となっては慣れ切ってしまっていて。

概ね良好と言える生活の中で不満があるとすれば、この現状だろうか。


「聞いたよ、ノア!君、ピーターをスリザリンの連中から助けてくれたんだってね!」

「何をどう聞いたか知らないけど、助けたつもりは全くない。……ルーピン、ブラック。見てないで早くポッターを引き取ってくれる?」


静かに朝食を摂っているノアに騒がしく声をかけるジェームズ。その様子を微笑ましそうにしているのがリーマスで、にやにやと笑っているのがシリウスだ。二人の側にはピーターもいる。

純血繋がりで幼少期に知り合ってしまい、寮も違うというのにこうして話しかけてくるこの現状。

原作に関わることなく、平凡に過ごしたいと望むノアには鬱陶しい繋がりである。
いくら素気無くしても向こうは関わってくるのだから面倒で仕方がない。


「そうつれないこと言うなよ。俺達の仲じゃねぇか。なぁ?」

「その通りだね、パッドフット。ノアはもっとにこやかにしたっていいと思うなぁ」

「……はぁ、」


聞く耳を持たない同級生を無視して食べることに専念する。
一々構っていたら時間の無駄だということはすでに学んでいるのだから当然の反応で。

そんなノアを気にすることなく、彼らはいつまでも騒いでいた。