コトッと近くで聞こえた音に目を向ければ置かれた皿。
いつのまにか側にいた四宮が素っ気なく言う。


「お前の分だ、食え」

「……ありがたいですけど、私分を用意するなら乾さんに回したらどうです?」

「いいからお前が食え。面倒なもんに巻き込まれた詫びだと思えばいい」


言うだけ言って戻って行く四宮に引く気はないらしいと悟り、向こうで乾達も笑顔で頷いているのが見えて希明は諦めて椅子に座った。

シュー・ファルシ。
フランス、オーベルニュ地方の郷土料理で洋食でいう『ロールキャベツ』である。

ナイフを使い、切り分けるとふわりとキャベツに閉じ込められていた匂いが鼻腔を擽った。


「……!!」

「美味いっ……!」


他から飛び出る感嘆の言葉を耳にしながら希明は黙々と咀嚼と嚥下を繰り返す。
その表情は変わりはないものの食べる手が止まることもなく、よくよく見れば口元も僅かに緩んでいるのがわかった。

ちらりと見た四宮は大きく反応を見せない希明に不満そうにしながらも、仕方ないと受け入れるように視線を逸らす。


「しかし意外だったな、四宮。俺はてっきりお前の店……『SHINO'S』の看板料理が食えると思っていたが」

「……ハハッ。冗談きついですね、堂島さん……相手はまだ学生ですよ」


堂島と四宮の会話を何ともなしに耳を傾けながら、希明は完食し空いた皿に目を落とした。
そんな無慈悲な真似はしないと笑う四宮が一瞬だけではあるが、言葉を詰まらせたことに気付いた者は一体何人いただろうか。

少なくともこの人はわかっていそうだ。
野試合が執り行われるきっかけになった人物を横目にやっぱり喰えない人だと内心で呟く。

四宮の料理の余韻が続く中、次は学生チーム。田所の品が給仕された。


「7種類の野菜を使った……に、『虹のテリーヌ』です……!」


四宮が課題として出し、そして不合格にされたメニューを選ぶ辺り、彼女も彼女で中々挑戦的と言うべきか。
尤も田所としては四宮に喧嘩を売ってるわけではないのだろうが。

今度もまた希明の分を用意してあり、見た目にも華やかな一品である。


「美味いっ!!」

「!!」


審査員達の反応の良さに田所の目が驚きで見開いた。
学年最下位という成績で今まで叱責ばかりだった田所が、雲の上の人達から手放しで褒められたことなどなく。
優しげな眼差しで見守る幸平に田所の目からは涙が流れ落ちた。

7種類のパテと2種類のソースによって目で楽しむだけではなく、味も様々な組み合わせを楽しむことができる。
そして新鮮さを重視した四宮のルセットとは異なる、熟成された野菜の旨味を味わう品だ。

再び黙々とフォークを進めている希明の顔に不意に影がかかる。


「雪城先輩はどうっすか?俺ら、田所の料理……」

「美味しいけど」

「……え、」


あっさりと言った希明に幸平の浮かべていた不敵な笑みが崩れた。
聞き間違えを疑うような、虚を突かれた顔。


「何を勘違いしてるか知らないけど、美味しければ普通に美味しいって言うから」


環境的に舌は肥えているけれど、希明の感覚は一般的だ。
そして料理人としてのプライドが高くないからこそ、他人の料理にも素直に感想を口に出せる。

幸平はその時、ようやく気付いた。
えりなに「美味い」といつか言わせてやろうと思うように希明にもと決意していた……が、それはえりなと違う意味で困難であるのだと。