遠月離宮の別館、その地下一階の厨房。
合宿では使われないここは本来であれば閑散としているはずなのに、揃った錚々たる面子に自分もその中の一人だと気付き希明が溜め息を零す。

体の良い見世物になっていると緊張の中心に居座る二人は気付いていないようだが。


「只今より2対1の野試合を執り行う!」


堂島の宣言より試合のルールが説明された。

2対1とはいえ学生vs卒業生。
ハンデとしても足りないくらいで、ましてやレギュムの魔術師相手に野菜をお題としている。
幸平達には不利も不利。しかも最後に付け加えられた条件、田所をメインとするのはおそらく想定していなかったものだろう。

とはいえ当然の条件かと顔を蒼白とさせた田所を見ながら希明は思う。
いくら食戟を挑んだのが幸平でも発端は田所の不合格なのだから、当然の成り行きだ。


「非公式の食戟といえば……」


水原の呟きが不意に耳に入り、視線を向ければ相手も希明を見ている。
他の人も水原につられてか注目を集めてしまい、話の先を察したのもあって希明は眉間に皺が寄るのがわかった。


「去年は結局どっちが勝ったんだっけ?」

「……どっちも何も、戦ってすらいませんよ」


食戟を申し込まれたのは確か。
だが食戟は互いの同意の上で成り立つ勝負であって、希明が受けなければ食戟が開かれることはない。

そう答えた希明に乾が「えー」と残念そうな声を上げる。


「希明ちゃんなら四宮先輩を負かせるかもしれなかったのに……」

「ご冗談を。可能性の低い賭けに乗るほど私はチャレンジャーじゃないので」


それよりも今は注目するべきはそっちだろう。
視線で希明が話題を打ち切り、促せば渋々ながら向けられていた目が厨房に行った。

溜め息を堪えて見れば合う視線。
田所(シェフ)のレシピが決まるのを待っているであろう彼は、希明を僅かな驚いた顔で見ている。
それはきっと、卒業生達と希明の会話を聞いてしまったからで。

思わず舌打ちしたくなった希明に幸平が口を開く……が、そこに田所が話しかけたことで途切れた。


「“食事処たどころ”開店だ!」

すでに煮込む工程に移っている四宮に遅れて動き出した幸平・田所。
そこからの動き、特に幸平には卒業生達も目を見張るほどで。

『学生にしては』と枕言葉がつくかもしれないが、それでも二人を見守る空気が変わる。


「退屈か?雪城」

「……まぁ、少なくとも私がいる意味があるのか気になるところではありますね」

「そう言うな。お前にとっては退屈でしかないかもしれないが……損もない。違うか?」

「……」


わかりきった勝負なんて面白くない。
原作を知っているからではなく、たとえ知らなくてもこの勝負の結末を読めてしまったからつまらなかった。


「さぁ!双方仕上げにかかれッ!間もなく審査開始だ!」