いや、『殺し合い』が目的かはまだわからないか。
あくまでそれは手段であって、目的は別のところにあるのかもしれない。
冗談じゃないと抗議する彼らを他所に希明の思考は深く沈んでいく。
その会話の中に情報が隠されている可能性があるため耳だけは傾けていた希明の視線を再び向けさせたのは、怒りに狂った雄叫びとドンと響いた地鳴り。
見れば壇上に飛び乗った大和田がモノクマを掴み上げていた。
「キャー!学園長への暴力は校則違反だよ〜ッ!?」
「るせぇ!!今すぐ俺らをここから出せッ!でなきゃ力づくでも……!」
殴りかかろうとする大和田に、先程までの様子とは打って変わってモノクマは沈黙している。
代わりに聞こえ始めた機械音は確かにモノクマから響いており、その間隔は段々と短くなっていた。まるでカウントダウンのように。
その不可解さに更に激昂する大和田だったが、希明は嫌な予感を刺激されて思わず口を出していた。
「それを放して」
「あ……?」
「いいから早く!それを投げて!」
霧切も希明と同じことを察したようで訝しげな大和田に叫んで促す。
納得はいかずとも二人に気圧された大和田が言われるままにモノクマを放り投げた。
次の瞬間、
「「「ッ!?」」」
「なっ……!?」
密閉された空間での轟きは耳鳴りを伴い、煙と火薬の臭いで噎せ返る。
規模的にはそれほど大きいものではなかったけれど、あのまま持っていたとしたらどうなっていたか。考えるだけでも恐ろしい。
モノクマが爆発したことからもう壊れてしまったのではと思いたかったが、すぐさま現れた別のモノクマによってそれは否定された。
曰く、校則違反する方がいけない。今回は警告だけで許すと。
至るところにモノクマと監視カメラが配備されており、校則を破れば今のような体罰が下される。
つまりは爆弾があちこちに仕掛けられていることに変わりはない。
希明達を殺そうと思えば簡単に実行できてしまう。……が、それをせずにあくまで生徒同士で殺し合いをさせようとするのは、そこに目的があるからか。
「じゃあ……最後に、入学祝いとしてオマエラにこれを渡しておきましょう」
そう言ってモノクマがどこからか取り出したのは電子手帳のようなもの。
それは学園の生徒手帳に当たる、電子生徒手帳らしい。
手渡されたそれは薄くて軽く、希明は繁々と観察した。
「電子生徒手帳は学園生活に欠かすことのできない必需品だから、絶対に失くさないようにね!それと、起動時に自分の本名が表示されるからちゃんと確認しておいてね」
「……」
わざわざ本名と言う辺り、意味深さが募るが追及はしない。
希明には関係ないが、持ち主を示すだけではなくこの中の誰かにとっては意味があるのだろう。
「ちなみにその電子生徒手帳は完全防水で、水に沈めても壊れない優れ物!耐久性も抜群で、10トンくらいの重さなら平気だよ」
いくら手帳以外の使い道があるとはいえ、たかが生徒手帳にどれだけの性能があるのか。
防水はともかくとして、学園生活を送る中で10トンなんて何を想定して作られたのか訊いてみたい。
詳しい校則も書いてあるとのことだから後で確認しておくべきだろう。
知らずに校則違反を犯して体罰を受けるなんて洒落にならない。
違反者は許さないとそれとらしいことを言うモノクマは度を超しすぎた体罰さえなければ立派な言葉だったが、実際に殺されかけてしまった人を見た後では脅しにしか聞こえなくて。
「ではでは、これで入学式は終了となります!豊かで陰惨な学園生活をどうぞ楽しんでください!それじゃあ、まったね〜!」
言うだけ言って去って行くモノクマを引き止める声は誰からも上がらない。
彼らは呆然と取り残されるしかなく、突然放り込まれた状況を理解する冷静は失ってしまっている。
石丸が冷や汗を流しながら恐る恐る問いかけるが誰もが戸惑い、まともな返事をすることができなかった。
「取り敢えず、今の話をもう一度まとめてみましょう。あのモノクマとやらの発言によると、私達には“二つの選択肢”が与えられたことになる」
「一つは全員が共に学園内で“期限のない共同生活”を送る。もう一つは、」
「生きて出るために、“仲間の誰かを殺す”……でしたわね?」
改めて確認すると非現実的な話だ。
バカげていると言う石丸に肯定を返したっていい。
でもこれが現実で、身に迫る脅威はこの状況に陥れたであろうモノクマではなく目の前の彼らなのだから救えない。
「本当か嘘かが問題なのではない。問題となるのは……この中に、その話を本気にする奴がいるかどうかだ」
嫌に響く十神の言葉に全員が黙り込み、示し合わせたように周囲の顔を伺う。
これは互いに顔を合わせた者ばかりなのも疑心暗鬼に拍車をかける一手だろう。
お互いをよく知らないからこそ疑い胸の内を探ろうとし、自分以外が敵に見えてしまうのだ。
『裏切り者は出ない』そう言い切れないところに恐ろしさがあるのだと、誰もが実感してしまっていた。