サボが死んだのだと思った時、心を占めた感情に戸惑ったのを覚えている。
それは今でも変わらないし、今でもあの時の感情に何という名前をつけるのかわからない。

……否。正確には知らないふりをしてきた。

ノアは初めてではないのだから。
誰かを――家族を失うことは前世(むかし)に経験してきたこと。


「“火拳のエース”が!解放されたァ〜!!」


地から空まで伸びた火柱がノアの目に映り込む。

解放されたエースとルフィが背中合わせに並び立っていた。
息の合った共闘は二人の関係を表しているようで、こんな状況にもかかわらず微笑ましくすら思える。


「二人を逃がすな!」

「“火拳”と“麦わら”を処刑しろ!!」


たとえエースを解放したところで、ここが処刑場であることに変わりはない。
とはいえ、圧倒的に変化した状況は海賊側を後押ししていて、海軍の顔色には焦りが浮かんでいた。

優勢になったことで余裕が生まれ、厳つく締めていた表情に笑みが浮かぶ。
それは仕方ないことだと思う。目的半ば達成したことで緩んでしまう気持ちはわからないでもない。

数分後、再び劇的に変化する戦場を知っているノアは無表情をしかめたまま動かさずに眺めていた。


「お前らと俺はここで別れる!全員!必ず生きて!新世界に帰還しろ!!」

「「「!!?」」」

「俺ァ時代の残党だ……!新時代に俺の乗り込む船はねぇ……!!」


ありったけの力をマリンフォードに叩きつけた白ひげの余波はノアの元まで届く。
ここにいては危ない。そんなことは誰の目にも明らかで。


「……」


隙を見て軍艦にでも乗り込み、マリフォードから出て行くのが得策だろう。
今まで動くこともしなかったノアが戦場に静かに降り立ち、海賊と海軍が入り乱れる中を見聞色の覇気を用いて擦り抜けた。

近付けば自然と大きくなって伝わる声。
今を生きることに、戦うことに夢中でいる彼らは戦場に不釣り合いな美しい青の軌跡が描かれていることに気付かない。

ノアの足は中心へと向かっており、ゆっくりと歩いていた足並みは次第に早く――駆け足に変わっていた。


「“白ひげ”は敗北者として死ぬ!ゴミ山の大将にゃあ誂え向きじゃろうが」

「“白ひげ”はこの時代を作った大海賊だ!この時代の名が!“白ひげ”だァ!!」


鮮やかな火炎と煮え滾るマグマがぶつかり合う。
その瞬間に目を瞑ったノアは、……ノアは



「姉ちゃん!」



武装色の覇気を纏わせたロッドを振り抜いていた。

記憶の中で笑う幼子の顔。
自分を姉と慕うその無邪気な表情や声が嫌いじゃなかった。
前世でもいなかった兄弟だけど、いたらこんな感じなのかと思ったことがあるのも一度や二度の話じゃなかった。

わかっている。知っていたのだ。
本当はずっと昔から、想っていたことを。


「……すぐに感情的になるとこ、アンタの悪いところだよ」

「!!」

「まぁ……私は嫌いじゃないけどね」


熱気に煽られて髪が宙を泳ぐ。
エースとルフィ、弟達を背にしてノアは赤犬と対峙した。