「やっと来たか、雪花」


入室した途端に浴びせかけられた言葉にノアは寸でのところで零れそうになった溜め息を呑み込んだ。

敵意とまではいかないが、友好的な態度とは言えないのは確かだろう。
そっちが呼びつけたくせにと思うが、相手は絶対正義を掲げる赤犬。海軍の味方をするどころか海賊とも取引のあるノアをよく思っていないことは明白だった。
まぁ、意志を捻じ曲げる気はないし、何と思われようとどうでもいいが。

ノアはぐるりと一度見回し、この場にいるメンバーを確認する。


「早く席に着いたらどうだ」

「いや、私は立ったままでいい。あくまで私は雇われ側だし。……で、それより今日はずいぶん少ないみたいだけど?」

「……ふん、何か問題あるか?」


吐き捨てられた言葉に「別に」とこちらも短く返した。

今日の目的の内容は予想はつくし、それに関してなら一部の海兵のみが集められているのは納得できる。
これはおそらく、極秘であり秘密裏の取引になるだろうから。


「今回のことはお前の耳にも入っているだろう。当然、それが意味することにもな」

「……まぁ、白ひげが部下の処刑を見過ごすはずはないでしょ。白ひげと海軍の全面戦争は免れないだろうね」


白ひげは仲間を家族と呼び、決してその者達の死を許しはしない。
十中八九起こるであろう予測を口にしながら、ノアは遠回しも問われた“本当の意味”については口を噤んだ。

けれど、この場にいる海兵共は逃げにもならないごまかしを有耶無耶にしなかった。


「惚けるのはやめた方がいいと思うがね、雪花ァ……。幼少期を火拳と共に過ごしたあんたが知らんわけないでしょう」

「……」

「まさかエースを救おうなどと考えてはないだろうな。万が一、お前が海賊共に手を貸した場合をわからんわけではない」

「……心配しなくても手は出さないよ。私は中立。海賊にも海軍にも平等に知識は提供する代わり、誰の味方にもならないから」


そう決めてそれを守っているからこそ、海賊とも取引のあるノアが危険人物として手配書に載らずに済んでいる。
その事実を忘れていないノアは自分の立場をよくわかっていた。

取引と銘打っているが、この場での取引は言わばノアへ釘をさすことが目的なのだ。
エースと関わりのあるノアが余計なことをしないようにするために。

言い換えれば、それほど海軍はノアの有能性と実力を確かなものとして見ていた。


「その言葉、忘れるなよ」


再度念を押されるように言い放たれた台詞にノアは頷くしかない。

自由をと望んだはずなのに、どうしてこんなにも苦しいのか。
重い鉛を呑み込んだような感覚に、ノアはいつもの無表情に苦さを混ぜて浮かべていた。