「煩い」


氷のような冷たい鋭い声が響き、緊迫した空気を切り裂く。

抜剣したまま取り囲んでいたエレンから思わず目を逸らして振り返った一同は、こちらを見るノアの温度のない視線に言葉を詰まらせた。
それほどまでの威圧感をノアは放っている。

ただ一人、ハンジを除いては。


「エレぇン!!その腕、触っていいぃぃぃ!?」

「……相変わらず空気が読めないというか。まぁ、今回は助かったからいいけど」


止める間もなくオルオとグンタを押しのけて飛び込んできたハンジ。
腕に触れた瞬間の手のひらが焼けるほどの高熱に怯むどころか嬉しげな様子はこの場で酷く浮いていた。

だが、それがきっかけとなったのは確かで。


「気分はどうだ?」

「兵長……」


無理矢理腕を引き抜き、転がり落ちたエレンにリヴァイは問う。

感じるのは怯えの混じった敵意だけ。
息を荒く乱しながらエレンは、顔を青くしたまま声を漏らした。


「あまり……良くありません」





















「『自傷』と『目的』その二つが合わさって始めて『巨人化』できる。まるで能力じゃなくて道具のような力だね」


報告をした後の部屋にそのまま残っていたノアがハンジに向かって言うと「ノアもそう思う?」と同意が返ってくる。

もし仮にそうだとするならば。
あらゆる可能性を考えるノアの脳裏にある考えが浮かび、さすがにそれはないだろうと打ち消した。
考えたくない、というよりも荒唐無稽すぎる。

ハンジ辺りなら喜んで話に乗ってくれるだろうが、確信のないことを口にして混乱を招きたくはない。
突拍子もないことだと理解してるのだから、変人に『変人』だと言われるのも癪だった。


「詳しくもっと実験したいところだけど、そう時間もないんだよね」

「仕方ないでしょ。ただでさえ細心の注意を払わなきゃいけないんだし、今回の壁外調査じゃ実用するのはまず無理」

「うん、そうだろうね。一応、エレンには自分の命に危険がない限りは巨人化は控えるように伝えてるよ」


あの熱情型の人間が、それを守れるかは怪しいところだ。
万が一許可を破って巨人化し、暴走した場合は容赦なく始末されるのだから問題ないといえば問題ないけれど。

無表情の内で割と非情なことを考えながらノアは呟く。


「まぁ、今度のは巨人化できようができまいが関係ないか」

「そっか、作戦立案に君も参加したんだっけ?」


今回の壁外調査に参加すると主張してなんとか上層部と憲兵団を黙らせたノアは、その報告に行った時にエルヴィンに頼まれてそのまま作戦の立案に協力していた。

巨人を討伐する実力もだが、回転の速い頭脳も認めれているノアは度々そちらに参加することも多い。
頭を使うのは苦手じゃないので苦でもなく、特に抵抗なく協力はしている。


「無事に何事もなく、とはいかないんだろうね……」


敵は一体何か。
考えれば考えるだけ頭の痛くなる問題を抱えながらノアは溜め息を吐いた。