「それにしても意外でした」
「……何が?」
旧調査兵団本部に向かう中、ノアの後ろを走る部下が不意に呟いた。
リヴァイ班に半日遅れての移動で、ノアが引き連れているのは僅か二人のみ。
そのどちらも特務隊の人間であり、特務隊結成時から在籍している部下の中でも特に信頼している二人だった。
今言葉を発したのがノアより四つ年上の男性、ディモ。
そしてもう一人の視線だけこちらに向けているのは二つ年上の女性、ヨランデだ。
「ミカサ・アッカーマンといいましたか。彼女を特務隊(うち)に引き入れるのかと思っていました。実力は申し分なく、例の彼とは幼馴染なのでしょう?」
「……あぁ、まぁね。考えなかったわけじゃないけど」
「ノアさんの再来とまで言われてるらしいですよ。十分、戦力になるとは思いましたが」
ディモの言葉に取り寄せたミカサの訓練団での成績を思い返す。
入団以来どの科目でもほぼトップの成績は、以前ノアが取って来た結果と同じ。
ノアは煩い周囲を黙らせるために取って来たものだが、ミカサの場合は天賦の才からくるものだろう。あくまで秀才のノアとは違う。
「確かに実力的には問題ない。けど、一度直接会ってすぐに気付いたよ。特務隊(うち)には向いてないってね」
主要のキャラだから関わるのを避けるために声をかけなかったわけじゃない。
そんな個人的な感情など、隊を率いる立場で気にする余裕などない。
相対したあの時、ミカサはノアをまっすぐに見据えていたようで、実際に見ていたのは幼馴染の少年のことだけだろう。
「アッカーマンにとっては自由行動の許される特務隊は願ってもないことだろうけど、私としては最低限の規律を破りそうな恐れのある者を隊には入れられない」
「……時々いますよね。特務隊に規律が全くないと勘違いしてる人」
自由行動が主とはいえ、隊である以上は規律は存在する。
他と比べれば緩く特殊であるだけで、全くないわけではないのだ。
「まぁ、私自身が縛られるの嫌いだし、割と上に反抗してるから勘違いされても仕方がないかもだけど」
そもそもノアの調査兵団入団は反抗心からくるものだから説得力がなくても道理か。
見えてきた古城を見上げて溜め息を吐く。
しばらく使ってなかったようだから、きっと潔癖のあの男ことだ。徹底的に掃除をしてる頃だろう。
面倒そうに表情をしかめるノアの思っていることを察した部下二人が苦笑いを刻む。
僅かばかり憂鬱な気持ちを抱えて三人は古城の中へと入って行った。
「どちらかと言えば、ノア特隊長の方がそのイメージに近いと思うよ」
「え?」
リヴァイの命令に従順な姿勢に意外だと漏らしたエレンにペトラは言う。
珍しい青い色彩を有した戦場の麗人。
他者を寄せ付けない圧倒的な強さと美しさから孤高の存在として羨望の的となっていた。
審議所の地下牢にいた時や兵法会議の際に直接会っていたエレンは、その姿を思い返す。
「ノア特隊長が有力な貴族の出身だって知ってる?間違っても戦場に出る機会なんか一生縁がないはずの人なんだけど……周囲の言葉も振り切って飛び込んできたらしいわ。当然、上層部の人もどう扱えばいいのかわからなくて、調査兵団内でも腫れもの扱いだったみたい」
「え、でも……」
「もちろんノア特隊長の入団当初の話よ。だけど、影響力という意味では当初と変わらず絶大ね。特務隊が元々ノア特隊長のために新設されたのもあるけど、あの隊に命令できる人はそういないわ」
指図することをさせないし、許さない。
調査兵団の中にあろうとも独立したノアをトップとして君臨する隊は、ノアの在り方を表していると言ってもいい。
ノアに対して改めて認識しているエレンに、部屋の確認に行ったリヴァイが戻って来て掃除のやり直しを告げたのだった。