そっと音も立てずに入室するとすでに異例の兵法会議は始まっていた。
予め手にしていた憲兵団と調査兵団の情報通りの主張を聞き流し、ノアは扉すぐ横の壁に寄りかかる。
ざっと視線を走らせて観察みるも、誰もノアが入って来たことに気付いていないようだった。
それはそれで好都合だと視線をようやく中央のエレンへと固定させる。
「いいから黙って全部俺に投資しろ!!」
「……言うね。でも、それは逆効果かな」
一瞬だけ静まり返った広間に広がる怯えの混じるざわめき。
誰にも聞かれないよう口の中だけで呟いたノアは、目を細めて事の成り行きを傍観する。
感情のままに叫んでしまい表情を悪くするエレンに向けられたのは恐怖の視線。そして今にも殺してしまおうとする銃口。
「……まぁ、ここまで予想通りか」
銃口がエレンを捕らえた瞬間、その顔に黒い靴がめり込んだ。
鈍い音が響き、口からは血と共に折れた歯が飛び出す。
調査兵団を除いた周囲が状況を理解できない中、リヴァイは平然と頭部を掴み蹴りを加え続けていた。
拘束具をつけられて抵抗できない者を一方的に甚振る様子は見ていて心地いいものではない。
いくら周囲へのアピールとはいえ容赦がなさすぎる気もするが、リヴァイ相手に手加減という言葉は似合わないと自身を納得させる。
「……待て、リヴァイ」
「何だ……」
「……危険だ。恨みを買ってこいつが巨人化したらどうする」
制止をかけたナイルの言葉に、リヴァイはすぐには答えずに視線を周囲に彷徨わせた。
誰かを探すような視線の行く先に嫌な予感を覚えたノアを余所に、リヴァイはノアに視線の先を合わせて見据える。
それはまるで「言え」と言っているようで、ノアは観念して溜め息を吐きだした。
「不思議なことを言うね、師団長」
どうやらあの兵士長様は私をどうしても巻き込みたいらしい。
そう皮肉るように内心で吐き捨てたノアが言えば、大きく出したわけでもないその声は凛としてその場の空気を切り裂いた。
一気に集まった視線に驚愕が混じるのを視界の隅で捉える。
「なっ……どうしてノア、君がいる!?今はウォール・シーナにいるはず……!」
「護衛についてはご心配なく。代わりの部下に任せてきたので」
あっさりと返せば、ナイルは悔しげに唇を噛んだ。
それもそのはずだろう。
誰よりもノアをこの会議の場から遠ざけたいと思い、わざわざ内地への仕事に就かせたのはナイルなのだから。
「で、話を戻すけど、よく危険だと言えたものだね。アンタはさっき、彼を解剖するとはっきり言わなかったっけ」
「……、」
「まさかとは思うけど、彼が抵抗もせず素直に解剖されるとでも思ってるわけ?」
ノアの鋭い指摘にナイルだけではなく、憲兵や他の連中も沈黙した。
「こいつは巨人化した時、力尽きるまで20体の巨人を殺したらしい。敵だとすれば知恵がある分、厄介かもしれん。だとしても俺の敵ではないが……お前らはどうする?」
「よく考えてから発言することを勧めるよ。本当に殺すことができるのかをね」
静まり返った審議所にざわめきが戻る時を見計らい、エルヴィンがザックレーに向かって提案をする。
危険性が孕むエレンには対応策としてリヴァイと常に行動を共にさせると。
彼ほどの実力者ならば万が一の時も問題はないと言い切った。
「ほう……できるのか、リヴァイ?」
「殺すことに関して言えば間違いなく。問題はむしろその中間がないことにある……それもノアがいれば別かもしれんが」
「……」
ちらりと向けられた視線を黙殺し、ノアはもう何も口を挟もうとはしなかった。
十分アピールはなされており、これ以上は必要はないはずなのだから。
そしてついに結論が下される。
「エレン・イェーガーは調査兵団に託す。しかし……次の成果次第では再びここに戻ることになる」