※「失楽園」完結後




「臨也、」


ようやく定着してきた呼び名に内心嬉しく思いながら臨也が振り返ると、そこにはやけに不機嫌な年下の恋人がいた。

何か彼女の機嫌を損ねるようなことしただろうか。
首を傾げて今日、昨日と記憶を遡っても心当たりがない。

なので、取り敢えず笑顔で尋ねてみることにした。


「どうかした?」

「これ、どういうこと?」


具体的な言葉を避けた後に色違いの携帯の画面を突き付けられ、覗いてみると一通のメール。
それが何なのか気付いた臨也は笑みを深くした。


「私、入った覚えないのに何でダラーズのメールがくるのかな?」

「それは俺が君の携帯からダラーズに入会しておいたからさ」

「……まぁ、勝手にしたことは色々と思うけども置いておくよ。だけど、何でHNが『Eve』なの?」


『Eve』――旧約聖書における、アダムの妻であり、人類最初の女性。
イブやエバと呼ばれている。


「池袋をエデンとしたら、俺にとってのイブは名前かなぁって」

「……じゃあ、何。自分がアダムだとでも言うの?」

「うーん、どうだろうねぇ。どちらかというと俺はイブを唆す蛇な気がするなぁ」

「嗚呼、確かにそうかもね」


自分で言っといてなんだが、仮にも恋人に対して「そうかも」って……。
包み隠すことなくあっさりと肯定する名前はいっそ清々しい。

苦笑しつつ、臨也は盤上の駒を一つ動かした。

自分がこの盤上の指し手としたら、彼女は何だろう。
性格から考えればこちら側かもしれないが、未来を知っていて手を加えようとしない点では指し手とは違う。だからといって駒であるはずもない。
何とも複雑ではあるが、ありきたりな言葉で表せば『観客』といったところか。


「それで、蛇サンはイブを唆してアダムと共にエデンから追放させる気かな?」

「まさか。アダムなんかに渡すつもりはないよ。ずっとエデンに縛り付けておくに決まってるじゃないか」


愉しそうに笑う名前に手を伸ばして引き寄せる。
抵抗もせず腕に収まった名前にそっと囁いた。


「俺の隣りにいてよ、名前。アダムなんかよりずっと愉しませてあげるからさ」






イブと蛇の恋戯






それは、可笑しな恋愛遊戯。


――――――

明さんリクエスト夢でした。
全く使いどころがないのに決めていた夢主のHNネタ。見事に旧約聖書繋がりです。
安易ではありますが、個人的に気に入っています。

企画に参加してくださりありがとうございました!




叶亜