理由
執務室には予想通り残業に励む鬼の姿があった。
夜遅くの訪問に鬼灯は全く歓迎してなかったけど、なまえちゃんの名前を出せばため息を付きながらも手を止めて話す体制になってくれた。
どうやら彼女から何か聞いていたらしい。
「大体の話は聞きましたよ。私に聞きたいことがあるのでしょう」
「分かってるなら話は早い。なまえちゃんが神で在りながら、神という存在を嫌う理由を聞きたい」
単刀直入にそう切り出せば、朴念仁は違うと首を横に振った。
「彼女は私と同じ元人間ですよ」
「はぁ?なまえちゃん鬼じゃないじゃん」
「ええ。白澤さんが感じているように、どちらかといえば神寄りの存在ですが…なまえは神ではありません」
神寄りの存在で神ではない?
どういうことだろうか。
とにかく話を全部聞いてみようと続きを促すと、鬼灯は躊躇いながら語り始める。
「…なまえはある村で巫女の役割を担っていたそうです。なまえが巫女となった日から村には雨が降り注ぎ、凶作だった作物は有り余るほどの豊作へなった。神を心から敬愛し、彼女自身神に愛されていると感じていて、朝から晩まで祈りを捧げていても苦痛に思ったことはなかったそうです。いつしかなまえが少女から女性へと変わる年頃になった時、…彼女の前に神と名乗る男が姿を現しました。なまえも最初こそ疑ったようですが、天候や作物の成長を自在に操る力を目の当たりにしては信じざるを得なかったのでしょう。戸惑いながらも神に出会えたことにこの上ない幸福を感じたのだと、言ってました」
「…それだけ信心深いなまえちゃんが、何で神を嫌うんだよ」
符に落ちない。
それほどまでに愛されていたのなら、神が気紛れに彼女と村を見捨てることもないはずだ。
けれど、次に聞かされた言葉に鈍器で殴られたかのようなショックを受けた。
「ある日、その神は己を奉る祈り場でなまえを抱きました」
「は……」
「表現としては犯した、という方が正しいですね。神は行為中何度も譫言のようになまえとずっと一緒に居たいのだと喘ぎ、抵抗するなまえを押さえつけて欲を吐き出したそうです。そしてあろうことか、己の神力をなまえに注ぎ……神自身はその所為で消滅したと」
「……」
「なまえに手をかけた神の名は知りません。私が生まれるよりも前のようですし、消滅した神なんて五萬といますから調べるのも難しいでしょうね」
「……」
「なまえは人間ではなくなりました。絶望したなまえは命を経とうとしたそうですが、神体となったなまえは死ぬことが出来ず、ましてや完全な神と成ったわけではないから消滅することもない……森羅万象の理から切り離されてしまったのですよ、彼女は」
これが彼女が神を嫌う理由ですと鬼灯は吐き捨てた。
「なに、それ…」
神が人間を愛し、森羅万象の理を崩した?
合意の上ならまだしも、己の欲望の為だけに手篭めにするだなんて
それは…決して赦されることではない
『……神はきらいです』
あの言葉にどれだけの想いが込められていたのだろう。
なまえちゃんが去り際に答えた言葉を思い出して涙が零れた。
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