鉢合
あれから何度か閻魔殿へ通ったけれど、なまえちゃんに会うことは出来なかった。
大王によれば閻魔殿内には居るらしいが、僕に会わせないようにあの朴念仁が取り計らっているようで、早いことにあれから1ヶ月が経とうとしていた。
「なまえちゃん、だよね」
配達の帰りに少し遊んでいこうかと衆合地獄を歩いていると、見覚えのある後ろ姿が目に入った。
趣味の悪い金魚草の簪…間違いない、なまえちゃんだ。
名前を呼べば条件反射で振り向いたであろう彼女は僕の顔を見るなり気まずそうに視線を逸らした。
初対面の時に気づいてはいたが、どうも僕は嫌われているらしい。
「……なにか御用ですか」
以前のように怯えた様子はなかったけれど相変わらず表情は強張っているし、声色も朴念仁と話していた時のような柔らかさはない。
「僕のこと覚えてる?」
「…鬼灯様の執務室でお会いした方ですか」
「そうだよ〜。覚えててくれて嬉しいな。ねぇなまえちゃん、僕と遊ばない?」
「遊びません」
間髪入れずに即答され、さり気なく握ろうとした手も躱されてしまった。
これは確実にあのいけ好かない補佐官に色々と吹き込まれているに違いない。
「……あれ?」
肩を竦めながらこのガードの硬い子をどう誘おうかと思案していると、あることに気づいた。
それは以前会った時には気づかなかったもの。
「ねぇ、なまえちゃんって━━━」
あまりに人らしいから見逃していたが、…彼女は間違いなく神気を纏っていた。
日本の神だろうか?
けれどそれにしては…何か違うような。
「…鬼灯様に聞きました。あなたは神獣様なのですよね」
「え?う、うん。僕は白澤…一応中国では妖怪の長とも呼ばれてるよ。なまえちゃんも神様だよね?何ていう名前なの?」
言葉を遮られはしたものの、少し会話をしてくれる気になってくれたらしい。
この機会を逃さないようにしなくちゃ。
「……私の名前はなまえです。他に名などありません。鬼灯様が補佐官に就任されてからずっと彼の補佐をさせて頂いてますので、獄卒の皆様からは補佐官補佐とも言われておりますけれど」
あの朴念仁が就任してからってことは少なくとも4000年近く地獄で働いてるってことになるけど…仕事柄閻魔殿に何度も出入りしているのになまえちゃんに会ったのはこの間が初めてだ。
そんなことがあるだろうか。
……まぁあの鬼神のことだし、それくらいやってのけそうだけど。
「あのワーカーホリックの補佐だなんて大変じゃない?」
「鬼灯様はお優しい方ですよ。部下の私にいつも気遣ってくださいます」
鬼灯の名を呼ぶ時に幾分か柔らかくなる声色。
何とも面白くない。
まだ出会って間もないとはいえ、僕に向ける声はこんなにも冷たい色を帯びているのに。
「ふーん。じゃあさ、ちょっとくらい息抜きしても大丈夫だよね?近くに美味しい甘味処があるからお茶しようよ」
「お断りします。他の方をお誘いください」
「僕はなまえちゃんとお茶したいんだけどなぁ」
そう言って下から甘えるように見上げてみた。
今までの女の子たちはこうすれば困った顔をしながらも少しならと了承してくれたし、期待していたのだけれど。
「…でははっきりと申し上げましょうか。私は神獣様と親交を深めようとは思いませんので、今後お誘い頂いたとしても了承することは決してございません。…あまり近づかないでもらえますか、迷惑です」
「…、」
女の子からここまで冷たくされるのは初めてで、流石にショックを隠せない。
今僕は笑顔を保てているだろうか。
なまえちゃんが踵を返したところで、ようやく言葉を絞りだすことができた。
「…っ僕、なまえちゃんに嫌われるようなことした?」
情けないことに声は震えて酷く掠れてしまっていたが、聞き取ってくれたらしい。
なまえちゃんは背を向けたまま、ただひとこと答えた。
「……神はきらいです」
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