対面
「毎度毎度納期ぎりぎりで大量に注文してくれちゃってさー。作る方の身にもなれってんだこの常闇鬼神」
「五月蝿いつべこべ言わず薬だせ白豚。私は暇じゃないんですよ」
注文を受けて閻魔殿へ行けば大量に積まれた書類に囲まれる鬼がひとり。
ここ数週間顔を見ないとは思っていたが、言葉の通りいつもに増して忙しいようで、僕に嫌味を飛ばしながらも書類を捌き続けている。
目の下には真っ黒な隈が出来ていて、相変わらず徹夜みたいだけど…一体何日寝なかったらあんな隈が出来るんだよ。
「お前さ、何徹目なわけ」
「二十連勤の五徹目ですが」
予想以上に酷かった。
三徹くらいはしてると思ったけど。
「相変わらずのワーカーホリックだな……。まぁいいや、これ頼まれてたやつ」
関係ないし、早く終わらせて妲己ちゃんのお店で遊んで帰ろうと薬の入った袋を机に置けば、同時に扉が叩かれた。
「鬼灯様」
鬼灯が返事をすると執務室のドアからひょっこりと顔を出した女の子。
角がないからここで働く亡者のようだ。
絵に描いたように整った顔立ちだが、艷やかな黒髪をお世辞にも趣味が良いとは言えない簪で纏めていて、すごく勿体ない。
金魚草の簪なんて何処で買うんだろう。
でも可愛い女の子だし、遊んでほしいなぁと笑顔で手を振ってみた。
女の子は僕の姿に気づくと不思議そうに目を瞬いていたが、やがて何かに気づいたらしく表情を硬くした。
「…?」
一瞬しか見えなかったけど、その目が映したのは確かな【怯え】。
口を開こうとすると、僕よりも早く反応したらしい鬼灯が間に入って見えなくなってしまった。
こいつ、わざとだな。
「どうしました」
「あ…閻魔大王が鬼灯様を呼んでほしいと泣いてまして」
「またですか。…分かりました、すぐに戻ります。なまえは先に戻っていてください」
「はい」
僕から見えないようになまえと呼ばれた女の子を見送ると、鬼灯は珍しく苦々しい表情で振り返った。
「さっきの子なまえちゃんって言うんだ?可愛いね」
「…珍しいですね。淫獣のあなたが女性を口説かないなんて」
「いや、口説こうと思ったけど…何か怖がられてたみたいだし、女の子が嫌がることはしないよ。…ねぇ、あの子お前の部下?」
「薬は確認しました。薬代は後ほど持っていきますので、今すぐ帰れ」
「やだね」
よっぽどこいつは僕をなまえちゃんに関わらせたくないらしい。
冷徹の名で知られるこの鬼神の過保護っぷりにますます興味が湧いてしまった。
そういえば少し前に大王がマッサージしてほしいって言ってたな。
常に腰痛に悩まされている大王なら泣いて喜ぶはずだ。
よし大王のところへ行こうとドアに向かおうとすると、掴まれた襟首。
嫌な予感がして後ろを向けば、金棒を片手に立つ鬼神の姿があった。
「…ここまでご足労おかけしてしまったので、出口までお送りしましょう。ありがたく思え」
言うなり振り上げられた金棒によって窓から殴り飛ばされたのは言うまでもない。
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