息ができなくなって苦しくて、逃げ出した。
普通電車の窓から見える景色はのどかな田舎風景で。ここにきてようやく私は呼吸ができた。
なんて事の無いひと事、雰囲気。それでも弱虫の私にとってそれらは、鋭利な刃物で、
耐え続けていた私の血肉を抉り、ついには出血多量で殺してしまった。
保健室の先生や相談室の先生に相談しようと思っても、大袈裟にされても気分が悪いし、と鎧をかぶる事もできなかった。かぶる気になればかぶれたのに、それをしなかったのは私。結局、神経質な私が悪いのだ。
荒んだ私の心と違って、窓の外は穏やかな稲作の風景が広がっている。このあたりは二毛作をしているんだったかな。それは魔法の力で私の心を落ち着かせて、冷静な頭に戻させる。
そうだ、まずは手紙を書こうなんて思い立って、レポート用紙に手を伸ばす。「父さんへ」「母さんへ」「妹へ」「弟へ」誰に送ろうか考えただけで、四つもでてきた。弟や妹は最近反抗期だから読んでくれるかな、どうだろ。まあ、読んでもらえなくてもいいや。
安っぽいシャーペンを走らせて、たくさんのことをメモの様に書き上げた。普通電車の窓の外の様子が田んぼから山へと変わったのをみて、広げていた文具を片付ける。

「まもなく、万堂山駅ー万堂山駅ー」

酔っ払った様な車掌の声はそういえば、車内に声を通しやすい様にしているのだったなと以前テレビでいっていたのを思い出す。ご苦労なことだ。
見たことも聞いたことも無い、万堂山などという駅をおりて、駅のロッカーをさばくる。利用者のいないがらんどうの駅のロッカーは全て空室で、どこにいれようかな、などと考えてしまう。私は左下が好きだから、一番左で一番下の16番にしよう。手紙と荷物を入れようとして、一寸立ち止まる。母に電話しておこう、と。
携帯電話のボタンを0、8、0、と重ねて母親に電話をかける。
ぷるるる、ぷるるる、ぷるるる、ぷるるる、ぷるるる、ぷるるる、ぷるるる、ぷるるる、ぷるるる、ぷるるる。ピー、ただいま電話に出ることができません。ご用件のある方はピーという音のあとにメッセージを残してください。

…ピー

「あ、もしもし、お母さん?私、あのね、申し訳ないんだけど、――

ぴっ、ぱたん。
これで、完璧。携帯電話もロッカーに突っ込んだし。
駅をでて、緑に溢れた道を歩く。どこでにしよう。気持ちのいいところがいいなあ、なんて思ってるといっとう掃けた広間をみつける、真ん中には大きな大きな樹。…ああ、あそこがいい。そう、人生最大の大博打の舞台は。
樹によじ登ってよじ登って、これ以上上がれないというところまで登る。
ああ、気持ちがいい。大きく息を吸って目を閉じた。



画面の中、一人のアナウンサーが短い制限時間の中で必死に口を動かしていた。
淡々と読み上げられたニュースの中にひとつだけ紛れ込んだそれ。

「18日水曜日夕方から行方不明となっていた神奈川県の高校生が本日遺体となって見つかりました。
 次のニュースです。山形県の知事選が―

滞ることなく、業務を果たすアナウンサー。



(私一人が死んだところでなにかが変わるわけじゃなかった)
(賭けは私の勝ち…なんて、ね)



(20121021)

命を簡単に捨てる人もいるんだろうなあと
ヒロインは最初気弱設定だったのに博打打っちゃってるよどうしましょ


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