「っリマさん!」

医務室の扉を勢いのまま押し開けて飛び込めば、白衣を身にまとった小柄な女性が振り向く。俺によく似た……いや、俺がよく似た亜麻色の髪を一つに纏めたその女性は俺の父の姉……もとい、叔母。青い瞳が俺を射抜いて、「要件は何だ」と問いかけてくる。

「シェンが……」

かくかくしかじか、医師補助士の用意してくれた椅子に腰掛けて、妻がいなくなったことを話せばキッと眉が釣り上がる。

「こんっの馬鹿野郎が!てめぇなあっ」

拳が飛んでくることを覚悟して目を強く瞑る。しかし、風をきる音はせず、はぁと大きな溜息が聞こえた。
恐る恐る開けば、眉間に皺を寄せる姿が目に入る。

「イル坊、お前はまず追いかけにゃあならん。」

「追いかける。」

「そう、追いかける。それで、互いが納得するまで話し合わにゃ。
 そん結果、お前さんと一緒に生きてくれるか、三行半つきつけられるかは知らんがな。」

「話し合う。……リマさん、三行半って?」

「三行半っていうのは……アー……離婚届っていうか、離婚したいと相手に告げるもんだ。
 それをつきつけられたら、お前さんは愛想を尽かされたってこった。」

「そんなの嫌だ。」

「だろう、とりあえずとっとと追いかけるこった。
 ……まさか、この期に及んで休みが取れないとかいうんじゃあねえよな?」

「取る。」

「ひとつ言っておくなら、お前はシェンちゃんからマイナスの印象を受けているって思っていくことだな。」

「マイナスの、印象……」

ガーン……といったような音が頭の中に響く。そんなの嫌だ。好きなのに、嫌われたくなんか無い。


思い立ったが吉日と、叔母に指導されながらはじめての長期休暇届けを書くことにした。

「期間は……長めにとっておけ。あの子との話し合いに何日かかるかわからん。逃げられてる、んだからな。」

「ひと月?」

「馬鹿者。ふた月ぐらいとっておけ。
 ……それで、時間が余ったら旅行でもしてこいや。式の直後お前はあの子を世界から隔離しちまったんだ、信頼なんて地に落ちてるだろうから、取り戻してこい。」

「……地に、落ちて……」

「一々落ち込んでんじゃないこのネガティブ馬鹿!
 あー……、理由?嫁探し……じゃあちょっとマズイな。」

「なんでだ?」

「嫁に逃げられたなんて王女殿に知られてみろ。笑われるぞ。」

「……、自分探しの旅」

「……そりゃあ、ちょっと違うが……。まあいいか、わたしゃしらん。」

「署名……、イルシア、と。」

書類に不備がないか確認して、叔母にも見てもらう。

「リマさん……、帰ってきてくれるかな。」

剣ダコだらけのゴツゴツした自分の手を見つめながらそうっと不安を口にすれば、それが現実となって襲ってきそうな、そんな恐怖が胸を占める。落ち着け、俺。
祈るような気持ちで答えを待てば、聞こえてきたのは

「なにが?」

馴染みあるような――……馴染みが、あるような?……この声は、

「ルティン?!」

「やあ、イルシア!なに長期休暇?え、なに自分探し?あっはっはっおもしろいね!」

「お前、何故ここにいる」

「えー?ソフィア嬢がお前を探せって言ったから。
 おーいソフィア嬢!こっちこっち!」

「ああ、イルシア様……お怪我でもされたのですか?」

「……いえ、休憩時間だったので、叔母に会いにきただけですよ。」

少女から向けられる恋情に気付いていて、かつ妻のことを言っていなくて、それで、彼女に言えるわけもなく。曖昧にぼかせば、世間一般に言われる浮気を問い詰める妻のように――もちろんこの子は妻じゃないのだが――にじり寄ってくる。なんでだ。

「あら、休暇届を出されるのですね。ご旅行ですか?」

少女の一歩後ろにいた侍女までも敵に思えてくる。確か名前は…モニカ、だったか。

「ああ、そのつもりだが……」

「羨ましいわ……、あ、私も行っていいかしら?ねえ、イルシア様」

「は、あ……?」

「まあ、本当に?嬉しいわ」

いや、いいなんていってな……おい待てルティンなにお前も休暇届書き始めて、ソフィアはなにスキップして……ちょ、っとまて。目の前でぼーっとしている間になんか余分なのついてきてないか。いやついてきてる。
NOといえない性格が災いして、口を噤む。ああ、しまった。

「馬鹿が…、ぼんやりしてるからこうなるんだ。」

はぁ、と再び聞こえた溜息になんとも言えない気持ちになって、僅かに俯いた。
でも、絶対に離したりなんてしないよ……シェン。必ずお前を、再びこの手に。



(20131227)
私も誕生日を先日迎えました、受験生となります…が、この更新率なら減りようがないので心配いりませんね!
でも減るかもしれません…どっちや。
みなさま良いお年を!