暖炉に焚かれた暖かな室内を沈黙が闊歩する。 宿の女将が淹れてくれた温かいお茶も生ぬるくなっていた。 ビークは背筋に嫌な汗が伝った気がして目線を彷徨わせるが、ついついソファへと目がいってしまう。 先程、雪の中で出会った青年キリエとシェリスが顔を向き合わせて座っているのだ。 さぁっと青ざめた少女を見るのはビークの本意ではないのだが、 顔見知りだというキリエに何も言わず離すわけにもいかないし、上手い言い訳も思い浮かばないから仕方ない。 ところでこの男、誰なんだ? 「君は」 突然、キリエが口を開いた。 シェンはびくりと震えて、その桃色の唇を見つめる。 「どうしてここにいるの?」 攻め立てる口調ではないが、不思議さから生まれた問いでもなさそうでシェンは言葉に詰まる。 キリエは、自分が軟禁されていたことを知っていたから。 普段が甘いのんびりとした口調である分、怒っている時の彼の話し方は威圧的で怖い。 「繭に包まれていれば傷つかずに済んだのに」 青いキリエの瞳が瞼に覆われて、はぁ…という溜息が耳に入る。 目の端っこでビークが怒りに顔を歪ませるのが見えた。 待ってて、大丈夫だから。私は、自分で言えるよ。 「っ私は…私は傷ついた。」 「なにに?」 「閉鎖された空間にも、彼の冷たさにも、…浮気にも」 正直あまり言いたくなかった話だ。 だって彼は 「…浮気?そんな馬鹿な。あはは、シェン、冗談も程々にしなよ。 従弟の俺から見ても、イルは君にぞっこんだ。」 彼は、親戚だから。 シェンは未だに、彼のことを愛していたから。彼の身近な人に、彼の悪い話を聞かせたくなんてなかった。 「好きな子がいるみたいでね、ねえビーク?」 「えっあ、ああ…男爵のお嬢さんと良い仲だってきいてる…けど」 キリエは目を眇めて鼻で笑って、「そんなはずはないよ。」という。 「そんなことはずがあるの!もう私耐えられない…。 あの人、頑張って作ったご飯も食べてくれないし、いつもそういうことばっかりだし、朝気付いたらもういないし… 所詮身体目当てだったんだよ!好きな子がいる今、私のことなんて必要ないんだよ…。」 お城で出るような豪華なご飯じゃないけど、お嬢様のように綺麗な手じゃないけど、大した身体じゃないけど、 それでも、私は頑張ってやったし、毎夜毎夜軟膏だって塗ったんだよ…。 日に日に重みを増していた思いが遂に、張っていた糸をプツンと切る。 言葉に出来ない思いが涙を作り、やめたはずの子供っぽい泣き方でおんおんと声をあげた。 「お、お前シェンさんを…!よくも!」 「わ、わざとじゃない!わざとじゃないって!」 「シェンさんは繊細なんだよ!イルの馬鹿やあんたとは違って!」 「酷いなそれは! な、泣き止んでよシェン?俺酷いこと言っちゃった、んだよね〜?」 「当たり前だこの馬鹿! シェンさん笑って!俺シェンさんの笑顔が好きだな!」 おろおろとする男二人を無視してシェンは泣き続ける。 ああ、なつかしいな。昔はこうして泣いてると彼が、イルが頭をぽんぽんとしてくれたな。 あの仏頂面が少し焦った風になって、それをみているといつの間にか泣き止んでた。今はその彼はいない。 やっぱり私はイルが好きなんだよ。大好きなんだ、愛してるんだよ。 でも嫌われているから隣にいられない。嫌だなあ、好きになってもらいたいなあ。 「イルに、会いたいよ…っうわああん」 「っ…わかった!イルに会いに行こう!だから泣き止んでよ!」 「だめなの!!だって、イルは私のことなんか…っう、ううわああ」 「じゃ、じゃあ逃げよう!」 私ってなんてめんどくさい女なんだろう。 勝手に会いたいっていってでも会えないって言って泣いて、ビークにもキリエ君にも迷惑をかけて、本当に面倒な女だ。 ごめんね、ビーク、キリエ君、…イル。 (20131123) アレ…なんか予定と違うや… シェンは徹底的に逃げるはずだったのに… 「はぁっ?!何言ってんの!」 「シェンさんはイルに嫌われてると思ってるんだよ!どこまででも追いかけさせてやろうよ…」 (2013/12/07) 更新 ・漢字ミス ・最後の部分 |