ビークはシェンに湯を浴びるように言い、その間に部屋を片付けた。
カピカピとしたシーツ、脱がされたままのワンピースに下着。
シェンの流した涙の、痕。
堪えられない怒りと悲しみをどうにか抑え、洗濯籠に衣類を投げ込む。
まったく、ひでぇもんだ。
大好きな奥さんを悲しませてまで他の女の世話なんてしなくていいだろうに、その上たまに帰ってきたと思ったら自分の欲だけ満たして終わりかよ。

「ビーク…、ごめんね。」

いつの間にか風呂を上がっていたシェンに声を掛けられるまで、ビークは怒りのままに虚空を睨んでいた。
慌てて振り返れば、タオル一枚を身にまとったシェンがこちらをおずおずとみている。

「うわぁ!シェンさん服着てよ!!」

「ご、ごめんなさい!ふ、服その棚の中で…!」

「お、俺がいたからだよねごめん!」

赤くなった顔を隠すように下を向けばパタパタと軽い体重が移動する。
視界の端を掠めた白い足はあまりにも細い。
衣擦れの音がして、目の前に足が並ぶ。

「わざわざ、ありがとう。」

「…ねぇ、」

言ってもいいのかな。
俺の押し付けとかじゃないかな。
ゆっくりと顔を上げて、疲労したシェンの顔を見つめる。

「遠くに行こうよ。」

大きな目が見開かれる。

「え…?だって、イルに外でたらいけないって」

「イルが次に帰ってくるまででいいんだ!
 それに、外でたらいけないなんてばれなきゃ大丈夫!」

当然そんなの嘘だ。
シェンさんはイルから逃げてもおかしくないんだから。

「気分転換に、ちょっと旅でもしてみない…?
 お、俺も付き合うから!なんだったらイルにも言っとくし…、どう、かな。」

「でも…」

「ほんのすこし!
 今から寒くなるし、南とかどうかな?シェンさん行ったことある?」

「…楽しそうだね。」

「でしょ?!お金くらい俺がもつしさ、…あんま贅沢はできないけど…
 美味しいものいっぱい食べて、綺麗な景色たくさんみて、元気でるよ!」

我ながら、必死すぎ。
でも、でも、もうあんなシェンさん見たくない。
シェンさんはふんわりと笑ってくれてるのがいい。
俺のお喋りにちょっと困ったように眉を下げてくすくす笑って、
手作りのケーキとお茶を照れくさそうに出してくれるシェンさんがいい。

「行って、みようかなぁ…。
 イルがいいって言ってくれたら行ってみたいな。」

「わかった、聞いておくよ。」

聞くつもりなんて無いけど。
上手くいってほっと息を吐く。
さて、南といえばキルキアとか、オイシュヤとか…あ、トーリアなんかいいかもしれないな。
シェンさんを騙したことに対する罪悪感と、シェンさんと旅ができる喜びに胸があふれた。


=====


「ただいま。…、シェン?…シェン?!」

ジャヌアが下旬、宮廷医の叔母に急かされて帰った三ヶ月ぶりの家には、誰の気配もなく。目の前が真っ暗になって、床に倒れこむ。
俺の大切な子はどこに、?ああ、どうしよう。



(20130817)
四ヶ月後な理由とかはない。
ただちょっと三ヶ月はあけなきゃいけないかんじだった。
イル君ったらどじさん。

(20140306)
編集
四ヶ月→三ヶ月にしました
ちょっと後々のためにですごめんなさい