そう、それでそのお嬢様はイルにべたべたなんだよ。
 イルも悪い気はしないのか、すごく甘やかしているらしいし。」

明日にはイルが帰ってくるから、と頼んで二人分の食材を届けてもらったついでのお話。
イルが雇っている配達屋のビークの笑顔が胸に痛い。
外に出てはいけないと言われている私を退屈させないためにと数多の世間話を伝えてくれるその優しさが、今ばかりは…。
私の作った笑顔の不自然さに気付いたのか、ビークの眉が下がる。
実家にいた時は作り笑いも上手だったのに、結婚してからは下手になったのかな…。人前に立たなくなったから。
物思いに耽る私を、悲しんでいると思ったのかビークの眉が更に下がってしまう。

「シェ、シェンさんごめん!俺悪いこと言っちゃった…よね?」

「違うよ、考え事してただけ。
 それで?もっとお話教えて欲しいな。ビークは話し上手だからすごく楽しいし。」

「…うん。
 …っじゃあ次は、このパンを買ったベーカリーのおばさんの教えてくれた―」

ビークは良い子だ。まだ子供なのに働いて、自立してる。
稼ぐことすらできない私とは大違い。
いつもは楽しめるビークのお話も、イルが明日帰ってくるという事が分かっているだけで全く耳に入らない。
不安と、憂い。
イルは何も言わず王都に一軒家を買ってくれたけれど、イルがこの家に帰ってくることは滅多に無い。
言ってしまえば、無駄なのだ。
私さえいなければ、地代の高い王都に家を持たずに済む。
ビークの話から想像するに、イルのお給料の殆どはこの家に掛けられている。私がいるが故に。
明日、イルは帰ってくる。
帰ってくるというと、なんだかイルが望んで帰ってきているみたいに聞こえてしまうけれど。
きっとまた、私を置いていってしまう。
ああ、いけない。
私はイルのお荷物に過ぎないのに、私はイルの負担となっているのに、
それなのに、イルが私に、私自身に、微かでも情を抱いていれば、と願ってしまう。
私はなんて、我侭で、傲慢で、…価値の無い人間なんだろう。


「あ、もう昼?!俺隣町の配達行かなくちゃ。
 じゃあ、シェンさん。久し振りの逢瀬、楽しんでね!」

暫くのお話の後、ビークは勢い良く立ち上がって慌ただしく家を出て行く。
逢瀬…、ビークの言葉がまた、胸に支える。私とイルは、愛しあってなどいないのに。
その言葉がふさわしいのはきっと、そのソフィアさんとかいう男爵様のお嬢様。
愛しあう二人に、邪魔なのは私。
いないほうがいいのは分かっている、けれどもまだ、縋っていたい。
イルに情を向けられているのだとそう思っていたいから。
明日、きっと私は傷付く。
イルが帰ってくる度、情を向けられていないことに気付いて。
それでも、気付かない振りを続けてきた。
これからもきっと、そうしていく。
大丈夫だよ、シェリス。
あなたはまだやれるから、頑張れるから。
少し伸びた爪が手のひらに喰いこんだなんて、私は知らない。


(20130416)
難産でした何気なく。
時間があくとどんな風に書いていたか忘れてしまいますね
もしかして:老化現象