静臨パラレル
臨也さんが人魚(♂)というファンタジーかつわたしだけが楽しい俺得設定ですので、苦手な方はご注意くださいませ
相変わらずのキャラ崩壊すみません……










俺はアパートの浴槽に、一匹の人魚を飼っている。





AM 7:00

ピチャピチャ。
ピチャピチャ。

毎朝、俺は水が跳ねる音で目を覚ます。
身体を起こして時計を確認すれば、時刻は朝の七時ちょうどだった。毎朝きっちり正確なそれには、まったく、舌を巻いてしまう。
遮光機能のないカーテンは容赦なく陽の光を室内に差し込んでいて、いつの間にか床に跳ね退けられていた布団に熱を溜め込んでいた。広い上げたそれは日干ししたみたいにあたたかく、今日は仕事も休みだし、天気もいいようだから久々に布団を干すかと考えながら、未だ水の音が響く浴室へと向かう。

「起きたぞ、」

あらかじめ扉が開かれたままの浴室を覗き込むと、同時に水が跳ねる音が止み、代わりにからからと笑い混じりの声がした。

「やあシズちゃん、おはよう。朝の挨拶もままならない内に早速だけど、俺は君に早急に洗面所の鏡を見に行くことをおすすめするよ。いやあ、君のその今世紀最高にクレイジーな寝癖を見られたことに俺は感動と興奮を隠し切れないね! リアルスーパーサイヤ人とは正にこのことだ」
「……っとに、朝からよく回る舌だな」

朝の開口一番から口を挟む隙もないようなマシンガントークに、呆れ半分にそう呟く。
そんな俺に、彼───浅く水を張った浴槽の中から、人の頭をにやにやしながら見つめてくる男は、「水棲生物には朝も昼も夜も関係ないんだよ」とにべもなく返してくる。更には「あ、水棲って言葉わかる? いくら単細胞なシズちゃんでもわかるよね?」ときた。まったく小憎たらしいイキモノだ。

ところで、この小憎たらしいイキモノは人間ではない。

先ほど本人(と言っていいのかどうかわからないが)が口にしていた、敢えて名称を作るならば“水棲生物”というものに分類される生物らしい。ただ、正確にはなんという種類の生物なのかは本人もわかっていないという。一番近いのは人魚という生物ではないかと、さして興味もなさそうに彼は言う。だが童話や伝説の中にしか出てこないそれが、自分のアパートの浴槽に棲んでいるというのは、なかなかどうして、インパクトのある光景である。まあ、いまではすっかり慣れてしまったわけなのだが。
その自称人魚の名前は「臨也」という。生物名ではなく個人名らしい。これまた変わった名前だ。
その臨也は、浴槽から上半身だけを覗かせている様子を一見すると、どう考えても普通の人間の姿形をしているようにも見える。
顔は嫌味なほどに整っていて、艶やかな黒髪と柘榴色の瞳が一際目を引く。細いというよりも薄い体躯に、陽に当たらないためか病的に白い肌は、水中ということもあってかどこか神秘的にすら映える。ただしそんな見た目を裏切る性格であることは、先の会話で理解してもらえたと思うが。
いま、彼には人魚の最たる特徴である尾鰭はなく、そこには人間のものとまったく変わりのない二本の足が生えている。本来は立派な尾鰭の形をしているのだが、自由自在に人間の足に形を変えることができるらしい。どうやら今日は“人間の姿の日”のようだ。もうここら辺りのメカニズムについては、あまりに話がファンタスティック過ぎて、正直俺はほとんど理解が出来ていない(ちなみに、臨也はこの浴槽に棲むようになってからこうして時折尾鰭ではなく人間の足の形で過ごしている。その理由を訊ねたところ、「このボロくて狭い浴槽の中じゃ尾鰭のままだと結構窮屈なんだよね。まったく、甲斐性なしのご主人サマを持つとストレスが溜まって仕方ないよ」とのことらしい。この時衝動に任せてこいつを殴らなかった俺を誰か褒めて欲しい)。
何せ足が水に浸かっていればそれで大丈夫らしく、実際、浴槽には座っている臨也の臍辺りまでしか水は張られていないので上半身はほとんど濡れていない。たまに頭までびっしょりになっていることもあるが。
ちなみに、「人魚に服なんて要らないよ」という本人の主張は却下し、ちゃんと上にシャツだけでも着せているということだけはここに明言しておく。俺は全裸の美青年を自分のアパートの浴槽に囲っている変態ではない。決してない。
また、飲食に関しては特に必要性はないらしいが、食べられないわけでもないらしい。この間、知り合いが客引きをしている寿司屋の土産を持って帰ってきた時に、珍しげにしていたので試しに大トロをやったら美味そうに食っていた。……しかし、よくよく考えれば魚を食べる人魚。シュールだ。
あとは特にすることがなくて暇だというので本を与えてみたら、随分と気に入ったらしく、たびたび新しい本を強請ってくる。おかげで浴室のタイルの上には本が山積みにされていて、なんというか、とてもミスマッチな光景だ。水気のある場所に書物を置いていいのかどうかはわからないが、俺は別に読まないので多少傷んでも問題はない。比較的子ども向けの本を読んでいた次の日には難しい専門書を読んでいたり、ちょっとした悪戯で翻訳のされていない原文のままの英文書を渡しても特に気にした様子もなく普通にページを捲っていたりもするので、人魚というのはきっととても頭がいい生物なのだろうと思う。

……とまあ、これが臨也のおおよその生態である。
これ以外については、実は俺もよくわかっていないことが多い。
如何せん、謎が多い生物なのだ。





AM 7:09

「ところで、今日は仕事が休みだったと思うけどシズちゃんはどこかに出掛けるのかな? もし出掛けるならさ、つ」
「出掛けねえ」
「……いでに買ってきて貰いたいものがあったんだけど、そう。じゃあいいや」

あっさりとそう言って、臨也は積み上げられた本の山に手を伸ばし、その一冊を読みはじめた。今日は普通の文庫本らしい。
とりあえず俺は浴室のすぐ横にある洗面所でおざなりに寝癖を直し(しかし臨也がからかうのも納得できるありさまの寝癖だった)、顔を洗う。そして部屋に戻って布団と枕をベランダに干し、カバーを洗濯機に突っ込んで朝食の準備に取り掛かる。冷蔵庫を覗いてみると卵とベーコンとブロッコリーがあったので、とりあえず鍋でブロッコリーと卵をまとめて茹で、その間にフライパンでベーコンエッグを作る。男のひとり暮らし……いや、正確にはひとりではないのだが、独り者の男が作る朝食にしてはまあまあな方の筈だ。

「シズちゃーん、俺コーヒーね」
「……あー」

浴室から聞こえてきた声に適当に答えながら、フライパン片手にテレビのチャンネルを弄る。
天気予報では、見慣れた女子アナウンサーが「今日は絶好の洗濯物日和でしょう」とにこやかに告げていた。





AM 7:40

自分の朝食にベーコンエッグと茹でたブロッコリー、ゆで卵にトースト、牛乳。
臨也の朝食にコーヒー。
マヨネーズをあえたブロッコリーに物珍しげに首を傾げる臨也にひとつ摘んで食べさせてやったが、生憎、あまり気に入らなかったらしい。べたべたする、と不機嫌そうに呟いてそのまま指に軽く噛みつかれた。
どうやらマヨネーズがいけなかったようだ。





AM 8:28

タイルの上に積まれていた本をいっせいに運び出した俺に、臨也が視線を落としていた文庫本から顔を上げる。

「ちょっとちょっと、俺の王国に手を出さないでよね。なに、侵略するつもり?」
「ばーか、掃除すんだよ」

何十冊とある本を浴室の外に積み上げ、洗面器に水を張って扉の外に置く。そして文庫本を持ったままの臨也を、幼児にするように抱え上げて、バスマットに座らせる。ぐっしょりと水分を含んだ服がバスマットと床にじわじわと水を染み込ませていくが、後で拭けば済む問題なので、まあよしとしておく。
いくら人間の足の形をしているとは言え、それは本来の身体構造から外れたものであるからか、臨也の足はほとんど筋肉が発達していない。言うならば彼は生まれたての赤ん坊同様の脚力しか持っていないため、まともに歩くことができないのだ。だから移動の際にはこうして俺が運んでやらねばならないというわけである。
───言っとくけど泳ぐのは速いんだからね。
最初の頃は、悔しいのか恥ずかしいのか、俺に抱えられる度にそうぐちぐちと呟いては拗ねたように唇を尖らせていたものだ。いまではもう諦めたのか、はたまた慣れてしまったのか、なにも言わなくなったのだが。
臨也は「よっこらせ」と言いながら(顔に似合わず意外と親父くさい)洗面器に足を浸ける。なにも二十四時間しっかり水に浸からずとも、濡れた状態のままならしばらくは空気に晒されても平気らしいのだが、浴槽から出す時には一応足先だけでも水に浸すことにしている。こうするとまるで植物みたいだと思う。根元を水に浸けて、そこから養分を吸い取って全身に行き渡らせる花のようだ。
しかし花とちがって大人しく飾られているだけではない臨也は、浴槽の水を抜く俺の背に胡散臭そうな声をあげる。

「掃除って、急にどうしたの? さっきも布団干してたみたいだし、なんかそんなやる気出しちゃって」
「さっき、星座占いで『掃除をすれば運気があがるかも』って言ってたんだよ」

答えつつ腕捲りをし、スポンジとシャワーヘッドを手に「さあどこから磨くか」と思案する。臨也は文庫本を閉じると、まるで馬鹿にするような目をこちらに向けてきた。

「シズちゃんさあ、まさか星座占いなんて信じてんの? あんな、なんの因果関係も根拠もない非科学的なものを? 意外とかわいいとこあるんだね、シズちゃん。これから俺はそんな君のことをメルヘン島と呼ぶことにしよう。よっ、メルヘン島! ていうかさ、外出するならまだしも外に出掛けないのに運気なんて上がったところで正直あんまり意味はないよね。精々茶柱が立ったとか、箪笥の隙間から百円玉が出てきたとか、その程度が限界じゃない? そもそもさあ、『かも』って最後に付けてる辺り、逃げ道作ってるよね、向こうも。曖昧な言動って便利だよね。後になって肯定でも否定でも右でも左でも表でも裏でも、どっちにも転がすことが出来るんだからさ。日本語の謙虚さと奥深さは他の追随を許さないね、まったく。日本語、ラブ! 俺は日本語が好きだ! 愛してる! ───さて、最後にもう一度訊くけどシズちゃん。星座占いなんて信じてんの?」
「………」

こいつ殴ってもいいだろうか。





AM 9:11

さすがに洗ったばかりで水浸しのタイルに本を置くわけにはいかず、とりあえず新しく水を張った浴槽に臨也を浸からせる。安普請のアパートの風呂などたかが知れていて、なるほどそこに収まる臨也の様子はお世辞にも快適そうだとは言えなかった。ろくに足も伸ばせないそこで水面を揺らすこの人魚になんとなく申し訳ない気持ちになって、俺はついつい「明日なんか新しい本買ってきてやるよ」などと口にしてしまい、矢継ぎ早にまくし立てられたリクエストの数々にしばらく財布と相談するはめになったのだった。





浴槽で恋を飼う
20100525

ほのぼのラブコメが書きたいがためのメルヘン(?)設定だったのに、この後なぜか平和島さんが勝手にヤンデレ始めたのでぶち切ってお蔵入りにしました
今回は説明ばかりであまり活かせませんでしたが、設定は密かに気に入っているのでいつかリベンジしたいです^^

あとこのシズちゃんはどう考えても自宅の浴槽に美青年を囲っている変態です