少し未来の静臨が同居してる話です
ふたりの年齢については明言はしていませんが、三十路か三十路目前ぐらいの雰囲気ですので、苦手な方はご注意ください
元々それほど杜撰な性格でもなかったのだが、折原は見た目からしていかにも几帳面で神経質そうな男であったし、こちらとしては、ある程度そういった面に付き合っていく覚悟をした上ではじめた同居だった。平和島には、折原がその白く骨ばかりが悪目立ちする指で机の上をなぞり、指先についた埃にふっと息を吐く嫌味たらしい姿をシミュレーションすることまで完璧にできていた(恐ろしく似合っていた)。こんな不衛生な空間に平気な顔でいられるなんてまったく信じらんないね、俺はシズちゃんと違ってデリケートなんだよ。そんな憎まれ口も、それによって家具やら家電やらが室内を飛ぶであろうことも、十分に彼の想像の範囲内だった。しかし、平和島だってなにも積極的に争いたいわけではない。必然的に顔を合わせる機会も時間もいままでの倍になるわけであるのだから、いちいち冷蔵庫やらテレビやらを投げつけていては互いに身が保たないにちがいないのだ。それは一応平和島なりの配慮であり、譲歩でもあった。だから、平和島の住んでいたアパートよりは広く、折原が事務所と一緒に借りていたマンションよりは狭い部屋にふたりで越した日、埃ひとつ見逃すまいと掃除機を片手に隅々を這い回った彼の健気な行動は、穏やかで清々しい新居での生活一日目に相応しく、そしてそれをつつがなく終わらせるための努力のひとつだった。だがしかし、そんな平和島に対して折原はいかにも嫌そうな顔で、
「なに、シズちゃんって意外と神経質、ていうか潔癖症なの? 別に文句はつけないけど、俺の生活にまで巻き込むのはやめてね、息が詰まりそうだから」
と言ってのけ、そうして平和島の努力も虚しく、引っ越し初日に掃除機が宙を舞ったことは、もはや仕方のないことだった。
それから気がつけばもう五年が経っていた。
よくここまで続いたものだといっそ感心もしたし、それ以上に呆れてもいる。人間は損得で生きているのだといつだったか折原が言っていたことを平和島はいまでも覚えているが、彼がこの同居生活で得るものといえば、九割九分九厘が損である気がしてならないのだった。同居してなにが変わるわけでもなく、初日からそうであったようにやはりふたりはことあるごとに喧嘩だの殺し合いだのを繰り返し、ことあるごとに嫌いだ死ねと吐き捨て合っている。得なんてまるでない。一緒に暮らすことでその回数が増えた分、むしろ赤字だ。それなのに、気がつけばもうそのまま五年が経っているのだから、惰性にしても諦観にしても呆れるより他ない。
そんなことを考えながら平和島は夕食の炒飯をいためる。家事当番なんてものを守っていたのははじめの三日間だけで、適当に片方の時間がある時に適当にやれることをやる、というのが既に暗黙の了解になっていた。必然的にほぼ自由業のような折原の方が家事を負担することは多いが、料理だろうと掃除だろうと洗濯だろうとこちらよりもよほど器用にこなせるものだから、適役だといえなくもなかった。いっそその怪しい仕事をやめて家事だけやってる方が世の中のためだと言ったことがあるが、なにそれまさかシズちゃんが俺を養ってくれるっていうのまるでプロポーズみたいで笑えるんだけど! と言葉通りに爆笑され、結局部屋を飛び出して夜更けまで公共物を破壊しながらの喧嘩へと発展したのだった。ちなみにその喧嘩を終了するきっかけとなったのが、互いの腹の虫が鳴ったことによるものであったりするものだから、もうくだらなすぎて笑い話にもなりやしない。そんな五年間だった。なんだ案外うまくやってるんだね、いつだったか、そう感心したように笑っていたどこぞの闇医者の気が知れない。
当初の平和島の予想は大きく外れ、折原は存外に大雑把で無頓着な性格をした生き物だった。それは家事はともかくとして生活面におおきく滲み出ており、つまり、性格が歪んでいることとはまた別の意味で、折原臨也はだめな人間だった。飯を作ってもほとんど平和島の皿に盛って自分の分はお情け程度しか口に入れないし、気がつけば床で眠っていたり、悪い時には風呂の中で眠っていたりもする。妙なところで一般常識が欠けているからか、ごみの分別も適当な上に、服は脱ぎっぱなしの放りっぱなしで、皺になると注意してもきかない。しかもなぜか時々、畳んだ洗濯物の上にダイブして片っ端からだめにしていくというよくわからない奇行に走ったりもする。家事は得意であるため、時々気まぐれでやたらと手の込んだ料理を用意して出迎えたり、綺麗にアイロンのかけられた衣服が畳んでおかれていたりすることもあるが、それをそのまま表面通りに受け取ってはいけない。そういう時には大概料理の中に痺れ薬やら大量の唐辛子やらが混入されていたり、ご丁寧に平和島の洗濯物だけすべて服の裏表が逆にされていたりするのだ。どうでもいいことにばかり心血を注ぐ奴なのである、折原臨也という男は。その無駄な労力をもっと真っ当なことに活かせないものだろうかと平和島は日々頭を悩ませている。
「シズちゃーん、ご飯まだー?」
「あー? うっせえな、もうすぐできるから黙って待ってろノミ蟲。つうか手前、暇なら手伝えよ」
「あーむりむりー俺仕事中だからー」
と言いつつ、いま彼がパソコンに向かっておこなっているのが毎日恒例のチャットであることを平和島は既に知っていた。こめかみに青筋が浮くのを感じると同時に、フライパンの取っ手がばきりと嫌な音を立てて外れた。ただしくは引きちぎれた。平和島はコンロの火を消し、はああと一ヶ月前に買い換えたばかりのフライパンと、その中でぱちぱちと音を立てる炒飯を見下ろした。一体、この五年間で何度繰り返したことだろう。買い換えたフライパンの数が十を超えた頃には既に数えることを諦めていた。やはり赤字だ。
……明日またフライパン買いに行かなきゃな。ひとりごちながら、平和島はふたり分の皿に均等に炒飯を盛りつけた。
あいつは卑怯なさみしがり 前
20110207
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