来神時代で静雄さん不在の静臨未満です
キャラも文章もおかしいです、先に謝っておきますごめんなさい










人間、誰しも他人には秘密にしておきたいことのひとつやふたつ、持って生きているものだ。趣味の人間観察から推察するまでもなく、それはごくごく一般的な人間の習性であることを折原は知っている。例えばたったいま隣で「僕はセルティに隠しごとなんてひとつもないけれどね! 彼女には、ありのままさらけ出した私という人間を見てもらいたいのさ……あああそんなことを考えていたら無性にきみに会いたくなってきたよセルティィィ!」などとのたまっている同級生も、いざという時には、愛しい彼女にだって秘密を作るのだ。それが自身と彼女との愛を守るためであれば、容易に。折原もそうだ。ひとつふたつどころではない隠しごとを抱えて生きている。お世辞にも、他人に対して後ろ暗いことひとつない人生を送っているとは言い難い人間であることは、折原自身が一番よく知っている。程度の差こそあれ、それが普通というものだ。
ただ、折原が言うところの“普通”に当てはまらない人物を、彼は、ひとりだけ知っている。人体の構造も勘の鋭さも突飛した思考も、何もかもが一般の範疇を無視した男だ。あれはもはや人間ではないと常々思っている折原だが、果たしてあの男にも秘密や隠しごとというものがあるのだろうか、と最近ふと思ったのだ。なんてことはない、単に弱味を握りたいというだけの話である。その男と折原は、入学早々からの犬猿の仲であるから、それは当然とも言える興味だった。
高校生にしてそれなりの情報収集力を持つ折原であるから、他人の秘密のひとつやふたつやみっつ、探り当てることは朝飯前だ。だがしかし、そもそもその男、平和島静雄に秘密があったとして、それを他人の目から隠し通すことが彼に可能だろうかと折原は考える。考えてすぐに、無理だな、という結論に至った。なにしろあれは単細胞で頭が空な男であるから、あっさりとボロが出てしまうのだ、と本人に知れたらまず間違いなく自動販売機が飛んできそうな失礼なことを折原は思った。
平和島静雄といえば、まともに嘘もつけない、考えていることがすぐに顔に出る、自制がきかない、そんな器用からは程遠い人間だと、たったいま隣で「でもセルティと一緒に、ふたりだけの秘密を共有するっていうのは憧れるなあ。なんてロマンチックにして背徳的な響きだろうか。ああセルティ、まさに形影一如な僕らなら、どんな隠しごとだって守り通せてみせるよ!」などと叫んでいる平和島の幼なじみである男にもお墨付きをもらっているほどである。ようするに馬鹿なのだ。秘密とは他者の目に触れない状態を保っていることで成立するものであり、それを必死に隠そうとするからこそ、そこに隙が生まれ、弱味となる。隠し通せていない秘密などというものは、そもそも秘密ではなく、弱味にも何にもならないのだ。
折原ははああと溜め息を吐いた。

「これだから、俺はシズちゃんのことが嫌いなんだよ」
「きみはなんて魅力的なんだセルティィィ! だから俺はきみのことが好きなんだよセルティィィ!」
「新羅うっさい」

突然椅子から立ち上がり声高に叫び出した岸谷の顔面に裏拳を叩き入れる。「ぺぷしっ!」と奇声を発してそのまま背中から倒れ落ちた岸谷を折原は少しやり過ぎたかと反省しながら見下ろす。どうにも最近、平和島の短気が移ってきているような気がしてならなかった。それがまた苛立ちを沸かせる。とんだ悪循環だと溜め息を吐いて、折原は床に撃沈している岸谷をそのままに机へと突っ伏した。


そんな日の、下校途中のことだった。
校舎内の廊下を歩いていたところ、こつんと足でなにかを蹴った感覚に、折原は屈んで自分が足でつついてしまったであろうそれを拾い上げた。長方形の薄い見慣れた冊子だった。何の変哲もない、学生手帳だ。特に何の意図もなく、ただ反射的に持ち主を確かめようと手帳を開いた折原は、しかし手帳のポケットに収められている学生証に記された名前と顔写真に思わず感嘆の声をあげた。

「……おお、」

それは驚きとも感動とも取れる声だった。実際、折原は驚いてもいたし、感動してもいた。
怒っているのか緊張しているのか、居心地が悪そうにこちら側を睨みつけている写真の男の顔は、嫌と言うほどに見慣れた天敵のものだった。その隣に記された名前を、声には出さず唇だけでなぞる。
へいわじましずお。へいわじま、しずお。

「おおう……」

またしても感嘆の声を漏らす折原だった。
なにも平和島の私物を手に入れたことや、そういえば今日はまだ一度も顔を見ていない天敵の顔に感動しているわけではない。これがただの平和島静雄の生徒手帳だったならば、折原は今頃すでに平和島静雄の生徒手帳を踏むことを趣味にし、意気揚々とそれを実行しているところだ。それをしないのは、これがただの生徒手帳ではないからだ。感激のあまり生徒手帳に添えた折原の指が震える。その指が、学生証を入れている手帳のポケットへとそろそろ伸びる。学生証には用はない。そこに記載されている平和島のパーソナルデータなどとっくに折原は知っているし、知っていまさらどうというわけでもない。
重大なのは、そう───学生証の裏に忍ばせてある、一枚の写真だった。
平和島の学生証が邪魔して端の方しか見えないが、それは明らかに写真だった。人間をこよなく愛し、彼らの行動やそこに潜む心理を知る折原にはもう、その素材だけですべてがわかっていた。人気のない廊下で、折原は堪えきれずに低く笑い声を漏らす。不気味だった。しかしそれを指摘する人間はここにはいなかったし、折原の頭もまたそれどころではなかった。

「ふ、ふはは……そうだよね、シズちゃんだって年頃の高校生なんだから、何らおかしいことなんてないじゃないか」

思春期真っ只中の花盛りの高校生が、生徒手帳にこっそりと隠し持つ誰かの写真。堂々とポケットに入れず、わざわざ学生証の裏に隠し入れているという行為から窺える恥じらい、青臭さ。この時点で家族との写真やペットの写真であるという可能性は消えている(そもそも平和島家ではペットを飼っていない)。なにより、学生証の裏からはみ出している写真の端の部分は、少しよれてしまっていた。それは入れっ放しにしているのではなく、度々取り出してはこの写真を眺めている証拠だ。これらの情報を総括した結果、この写真の意味するところは、たったひとつしかありえない。

───どう考えても好きな女子生徒の写真です本当にありがとうございました。

そう叫びたくなる衝動を、興奮によって押しやられていた理性を総動員させて押し止める。しかし皮膚を突き破って飛び出してきそうなくらいに激しい動悸は治まらず、落ち着かせようと胸に手を当てるものの、むしろ速度を上げていくばかりだ。心なし頬も紅潮してきているような気がする折原だった。実際、彼の顔はまるで恋をしている乙女のごとく恍惚としたそれである。
しかしそれも致し方のない反応だった。だって、平和島静雄に好きな女子生徒がいたという、今まで折原の情報網を以てしても得られなかったニュースがほぼ確定した事実として、いままさに折原の手の中にあるのだ。更には、それが一体誰であるのかすらももう間もなく知り得ることができる。
これは恐らく、ずっと、平和島が必死に隠してきたであろう秘密なのだ。まさかあの単細胞が今までこれを隠し通せていたということに驚きを感じずにはいられないが、それよりもこれからそれを自らの手で暴き出すことができるという喜びに、興奮せずにいられなかった。ああこれをネタにどうやってあの童貞野郎をからかってやろうか! 自分がいままで隠し通してきた恋心を、天敵である折原に暴かれたと知った時の、あの男の屈辱、絶望、憤怒。想像するだけでまったく愉快でたまらない。ああ、楽しみだなあ楽しみだなあ!

「さてさて、あのシズちゃんに惚れられた可哀想な女の子は、一体どこの誰なんだろうねえ……」

折原はもういっそ平和島の学生証にキスでもしてやりたい気持ちで、にやにやと浮かぶ笑みを隠すことなく───ついに、その写真を拝むべく、手をかけた。





はやとちり 1
20101226

続きます
まさかの全3話です、なんかもう本当にいろいろとごめんなさい