ドラマ『ロ/ス:タ/イ/ム:ラ/イ/フ』のパロで静臨です(しかし静雄さんは欠席です……すみません)
完全な死ネタではないつもりですが、そういう描写がありますので苦手な方はご注意くださいませ
とりあえず導入部分だけ










しくじった。
そうとしか表現の仕様がない有り様だった。口にガムテープを貼り付けられ、腕は後ろに回されてロープでしっかりと縛られ、そんな情けない姿で俺、折原臨也は埃っぽい地面に転がされていた。見上げた先にはこちらに向けて拳銃を構えた男が立っていて、ああこれはもう死んだなと、俺は至って冷静に、自分にこれから間もなく訪れるであろう末路を思った。
場所は廃屋になった工場という、なんともお誂え向きな死に場所で、まるでドラマのようだなと思う。しかしいまの俺のポジションは、間違いなく、冒頭のシーンで殺される見せ場も台詞もまるでない被害者の役割なのだが。果たしてここが自分の最後の場所として似合っているのか似合っていないのか、それは判断しかねることであったが、選択の余地がないので黙って死ぬしかないようだと諦める。
仕事の依頼を受けてクライアントとの待ち合わせ先に向かったところ、突然スタンガンで気絶させられ、目を覚ませば腕を縛られて地面に転がされていた。というのが事の顛末だった。あっけないものである。何と言うか、もうちょっと、こうなあ……とサスペンスかつドラマチックな展開を希望したいところではあるが、致し方ない。すべては油断していた自分の責任というものだ。そう投げやりに考える。
だが、ここから奇跡の大逆転劇、なんて都合のいい展開は望めるはずもない状況では投げやりにだってなるものである。どこかもわからない廃工場で両腕の自由を奪われたいたいけな青年、そしてそんな彼に拳銃を向けてニヤニヤと笑う男。喧騒がまったく届かないことから、恐らくここが都心からは遠く離れているのだろうと知ることができる。どうやら大声で叫んだところで助けは期待できそうにもない。というよりも口にガムテープが貼られているので最初から無理な話なのだが。反撃しようにも、コートの袖に隠していたナイフはこれ見よがしに男の背後の地面に、携帯電話と共に捨てられている。そんななかなか悪趣味なところは好感が持てなくもない。だが向こうは明らかな殺気を放っていて、残念なことに仲良くは出来そうにもなかった。

というわけで、どうやら折原臨也の人生はここでフィナーレを迎えるしかないらしい。

と、結論づける。
カチャリ、と安全装置を外す音が聞こえて、俺はそっと瞼を下ろした。
人は死ぬ直前に走馬灯というものを見るらしい。死の淵に立って、そこで今までの人生で見たものがふっと一瞬の光景となって脳裏に過ぎるのだと言う。

だが、真っ暗な視界の中で、最期に俺が見たのはただひとりだった。

忘れられるはずもない。
目に痛い金髪と、腹が立つほどにすらりとした長身。特徴的なバーテン服と鳶色の瞳を隠すサングラス。平和島静雄。シズちゃん。この世で俺が唯一嫌悪する存在。天敵。高校時代からの同級生。
そして悔しいことに、この折原臨也がずっと叶わない恋をしている相手だ。
我ながら鳥肌が立つような感情だった。この折原臨也が、あの平和島静雄に? とんだ喜劇だ。まったく涙が出そうになる。

───ああ、けれどどうせこうやって死ぬのなら、嫌がらせにこの身の毛もよだつような愛の言葉をぶつけてやればよかった。

そうすれば彼はからかわれたものだと思って、怒り狂って標識なり自動販売機なり、手当たり次第に物を投げつけてきて俺を殺そうとするだろう。いつものように。どうせ同じ死なら、そちらの方が幾分か幸福なような気さえした。もう叶わないことだけれど、と苦笑して、やっぱりそんな自分の思考の気持ち悪さに吐き気がした。目頭が少し熱くなったのはきっとそのせいだ。
……ああ、気持ち悪いなあ。
こんな時にさえ彼のことを考えている自分がたまらなく嫌だった。ぼんやりと浮かんでいたシズちゃんの背中がどんどん遠ざかって行く。閉ざされた真っ暗な視界にはもう誰もいない。

ぺり、と無遠慮に口に貼られていたガムテープが剥がされる。怪訝に思って見上げれば、男が「最後になにか言い残したいことがあるなら聞いてやる」と言葉を落としてくる。いかにもドラマの悪役らしい台詞だった。
本来ならばこのチャンスを活かさない理由はない。口先でなんとでも丸め込んでやるか、それが無理ならば嫌味のひとつやふたつ投げかけてやるところなのだが、なんだか今はシズちゃんのことを思い出したせいでどうでもいい気分になっていたので、素っ気無く「別に」と答える。男がその態度に不愉快そうに眉をひくつかせたが、すぐに口元を歪めて「あばよ」という、これまた悪役臭い台詞を吐いて、引き金に指をかける。
パアン! という破裂音が工場内に響き渡って、そして、俺は死んだ。





……はずなのだが、一向に痛みがやってこない。どういうことだろうか。もしや、もうこれは既に俺は死んだ後だということだろうか。痛みがないのは喜ばしいことだが、実感が無さ過ぎて逆に拍子抜けしてしまう。俺の人生あっけなさ過ぎやしないか。
そう怪訝に思っていると、どこからともなくピーッ! という笛の甲高い音が響いてきた。学校で体育の時間とかに教師が吹く……いや、サッカーの試合中に主審が鳴らすホイッスルの音のようだった。なんでここでホイッスル、と内心首を傾げつつ、そろそろと瞼を開く。

「……おわっ」

思わずそんな間抜けな声が出てしまったが、これは仕方ないだろうと言い訳をさせて欲しい。
目を開いた俺の目の前には、銃弾が迫っていた。俺の額目掛けて一直線に飛んできたであろうそれが。スローモーションどころかストップモーションがかかったそれは、ドラマというよりもハリウッド映画のワンシーンを彷彿とさせる。
これが自分の額に直撃すれば、なるほど即死だろうなと思う。変に苦しまずに済みそうだなどとぼんやり考えて、しかし俺はまたすぐに頭を捻った。

……いや。よくよく考えろ、折原臨也。
明らかにおかしくはないか、この状況。

まずひとつ。
銃弾が目の前にあるということは俺はまだ死んでいない、らしい。だが俺が銃声を聞いてから、もう既に数十秒は経っているはずなのに、これはおかしい。
もうひとつ。
上の事象の原因だと思われる、目の前で物理的法則を無視して中空で停止している銃弾。……言うまでもないだろう。おかしい。ありえない。
そして更にもうひとつ。
先ほど聞いた謎のホイッスル音。こんな廃工場にはまるで似つかわしくない、ファイティング・スピリットに満ち溢れたあの音。外から聞こえたにしては随分と鮮明な音であったし、そもそも誰かが外でホイッスルなど吹いていたのなら、今頃は先ほどの銃声で騒ぎになっているはずだ。
そんな風に考えを巡らせつつ、眼前に迫る宙に浮いた銃弾といつまでも睨めっこをしているのもなんだか落ち着かないので、ゴロンと身体を反転させて視界を入れ替える。
そこには四人の男が立っていた。

「…………、…………」

今度は声すら出なかった。
廃工場の中で、横にずらりと並んだ四人の男たち。その内のひとりは口にホイッスルをくわえている。なるほど、さっきのホイッスル音はこいつか。しかしなぜ今まさに殺人現場となろうとしている廃工場でホイッスルを鳴らすんだ。
俺は瞬時に頭に浮かんだそんな疑問の数々にまともなリアクションすら取れないまま、とりあえず男たちを呆然と観察する。
男たちは揃いの服を着ていた。黄色のポロシャツ、下は黒の半ズボンという格好に、ひとりはホイッスルを口にくわえ、また別の男は手にサッカーボールを抱え、はたまた他の男は大きな電光掲示板を天高く掲げ、残りのひとりは小さなチェック柄の旗を持っている。テレビで何度か見たことがある。これは、サッカーの試合の審判の格好だ。

「………」

とりあえずサッカーに関係した方々だということは理解出来たのだが、なぜ彼らがこんな場所にいらっしゃるのか、俺には皆目見当がつかない。しかも四人が四人ともなぜか無言のまま俺に真っ直ぐな視線を向けているのも理解出来ない。
とりあえず無言でなにかを訴えてくるのその視線をやめてほしい。スポーツに携わる人間特有の真っ直ぐな眼差しが、裏の社会で生きる自分には正直痛い。
何だかいたたまれなくなって、俺は再び身体を反転させた。視界から消える男たち、再び眼前に迫る銃弾。もうやだこの板挟み。

ピーッ! ピーッ!
ピッ! ピピッ!

「うわ?!」

突然鳴り響いた激しいホイッスル音にびくりと肩が揺れる。
何だ何だと思う間もなく、男たちが俺の正面に走って回り込んでくる。銃弾とひたむきで真っ直ぐな眼差しの二重苦だった。

「もう、何なのさ一体……」

わけがわからず頭痛さえしてきた俺に、しかしホイッスルの音はやまない。うるさい、と怒鳴ってやろうと息を吸い込んだところで、電光掲示板を掲げた男がずいっとこちらに一歩踏み込んできた。先ほどは目に入らなかったその掲示板の表示に、目を細める。

「……? 四日と、二時間と……十三分?」

こくり、掲示板を持った男が無言で頷く。
そこには赤い発光色で『04:02:13』という数字が表示されていた。





 *





>実況席より

実況「はい、今回の選手のロスタイムが表示されました! えー、何々……折原臨也のロスタイムは、四日と二時間と十三分ですか」

解説「これまた何かを示唆しているかのような時間ですね」

実況「何かプレー内容に関係があるのでしょうか? では、そんな折原選手のデータを見てみましょう。えー、折原臨也、二十四歳。職業は情報屋、趣味は人間観察、好きなものは人間、嫌いなものは平和島静雄。死因はご覧の通り銃殺とありますが……どうでしょう?」

解説「何と言いますか、大体彼の人となりがわかるデータですね。さて、今回のプレーのネックとなるのは嫌いなもの欄にある平和島静雄ですが、片思い歴は……おっと、高校時代からかれこれ七年弱ですか」

実況「高校時代からの片思い……いやー、甘酸っぱい! 我々も自身の過ぎ去った青春時代に思いを馳せつつ、ここは今まさに青春を生きようとしている折原選手の華麗なるファインプレーを期待したいところです!」

解説「しかし七年弱も告白できなかった相手に、この四日間という限られた時間内でいかに向き合うことが出来るか……。今までの長すぎるハーフタイムの分を取り返すためにも、折原選手には迅速かつ捨て身のプレーが要求されますね」

実況「おっと?! 状況を飲み込めずにいた折原選手がここで動いたようです! 一旦映像を実況席からフィールドへと戻しましょう」





 *





腕が使えないため途中バランスを崩しそうになりながらも、なんとか立ち上がり、捨てられてあったナイフでロープを切る。ちなみに俺を撃った(一応まだ未遂ではあるが)男は、銃を撃ったままの態勢で静止している。相変わらず銃弾も宙で止まったまま。そろそろこの非現実的な光景にも慣れてきてしまったのは、果たして良いことなのか悪いことなのか。
久しぶりに自由になった腕を慣らしつつ、再び電光掲示板を見上げる。

「ロスタイムねえ……。つまり、俺が人生で無駄にしてきた時間、四日と二時間と十三分が死を直前に控えた俺にプレゼントされた、ってわけだ。この時間を有意義に使って、未練を残さないようにしろ……という主旨でいいのかな?」

ようやく冷静さを取り戻した俺の言葉に、ホイッスルをくわえた主審らしき男が力強く頷き、腕をビシッと振って「さあ、走れ!」と促してくる。他の三人も走る準備が万全なのか、その場で駆け足をしながらちらちらと俺に視線を寄越してくる。
その光景と自分の置かれた状況に、俺は、なんだか笑ってしまった。
当然こんな経験ははじめてだ。だって俺は今までに死んだことがない。俺は今、生まれてはじめて死んだのだから。
死を経験した人間は、皆、こうして最後のチャンスにロスタイムを与えられるのだろうか。そう思うと、撃たれる前まで投げやりに考えていた自分の生が、途端に惜しくなってしまった。だって人間は、やっぱり、こんなにもおもしろい。だから俺は人間を愛することをやめられない。

「……はは、」

笑い声を零す俺に、主審が首を傾げつつ、再びホイッスルを鳴らして次のアクションを促してくる。
それに「わかってるよ」と頷き、俺はナイフと共に捨てられていた携帯電話を拾い上げ、電波圏内であることを確認してかけ慣れた電話番号を押した。

「───もしもし? 運び屋かい? 仕事の依頼だ。今からGPS情報を送るから、そこから新宿まで俺を運んで欲しい」

トントン、と電話を軽く叩く音が聞こえる。それは首を持たない彼女の了承のサインだ。
それを聞き届けて通話を切ると、ピピーッ! と後ろからホイッスルが鳴り響いた。振り返れば、主審がなにやら怒ったように乱暴にホイッスルを吹きながら、他の男たち同様その場で駆け足をはじめている。忙しなく手足を動かし、厳しい表情でこちらを見つめてくる。

「一体どうし………、……ああ、うん、」

なるほど、どうやら自分の足で走れと言いたいらしい。相変わらずなにも話さない彼らだが、なんとなく言いたいことが掴めるようになってきた。

「ここがどこかもわからないのに、自分の足で闇雲に走り回っても新宿には帰れないよ。いま呼んだのは、俺が知る限り一番速くて、一番信用出来る、一番腕のいい運び屋だ。だから彼女に任せるのが一番効率が……って、聞いてる?!」

しかし主審はピッ! ピッ! と変わらずホイッスルを鳴らしながら、ぐいぐいと俺の手を引っ張る。そのまま走り出すものだから、まだ僅かに痺れたような感覚が残る腕では力が入らず、振り払うこともできないまま俺はずるずると引っ張られて行く。その後ろを男たちが走ってついてくる。……サッカーボールと旗を持ったふたりはともかく、電光掲示板を持った人はかなりきついんじゃないか。なんて、そんな余計な心配をしてしまう。
手を引かれるまま工場の外に出る。想像していた通り、人気のない閑散とした場所だった。
周囲を見渡す俺から主審がようやく手を離し、ぐっと親指を立てる。
健闘を祈る!
そんな感じの表情だ。スポーツマンらしい爽やかで力強い瞳がまっすぐに告げてくる(彼はプレーヤーではなく審判なのだが)。しかし応援してくれるのなら邪魔をせずに好きにやらせてほしいのが本音だ。
そんなことを思いながらセルティにGPS情報を送ろうと再び携帯電話を取り出した俺の肩を、副審と思しき男がちょいちょいとつつく。
振り返った俺に、彼が黙って指で指し示したものは。

「……もしかして、これに乗って新宿まで帰れって?」

まさか、と思いつつ恐る恐る問いかける。
違うと言ってほしい。いや、彼らは喋らないようだから首を横に振ってほしかった。
だが副審はそんな俺の悲願など無視して、無駄に力強く頷く。しかもちょっと満足げだ。なんだそのどや顔は。俺にどんなリアクションを期待しているんだ。
ひくり、と口元が引きつる。
だがこの反応は仕方がないものだと、どうか理解してほしい。俺は悪くない。

「こんなん新宿で乗り回して世間の笑い者にされたまま死ねるかあああ!」

そう。
そう叫んだ俺は、決して悪くない。はずだ。

そこ──副審が指し示す先──には、一台のママチャリが、無言でその存在を主張していた。





 *




>再び実況席から

実況「おお! 折原選手、ママチャリに乗るくらいならばとその足で駆け出しはじめました! しかし副審、それを追いかけて引き止めます! どうやらどうあっても折原選手をママチャリに乗せたい様子ですが、一体なにがそんなにも彼を駆り立てるのでしょうか?」

解説「あのサッカーボール形の無駄に趣向の凝らされたベルから察するに、どうやらあれは彼の私物のようですね。恐らく好意で用意したものを拒否されてしまったのが相当ショッ………あっ!」

実況「あ、た、大変です! 折原選手があまりにしつこい副審の胸倉を……おっと、ここで主審が間に入って止めます。しかし出たのはイエローカード! なんと試合開始早々にしてイエローカードです、これは早速雲行きが怪しくなってきましたね……」

解説「イエローカードを二枚くらうと退場になってしまいます。折原選手、このダメージはかなり大きいかと……」

実況「しかし、胸倉を掴まれたのは副審の自業自得とも言えなくはないですね。まだめげずに折原選手にママチャリをアピールしています……これは正直うざい!」

解説「これは審判側の一種のプレー妨害と言えなくもないですね。折原選手、不憫です」

実況「まあ、選手の来歴を見てみるとちょっとした罰が当たったという感じもしますがねー」

解説「来歴ですか。どれどれ……、ああ、これはなかなか酷い。折原選手、なかなかのワルですね」

実況「おっ! そんなことを語っている間にも折原選手、素晴らしいスピードで審判団を置いて走ります! 障害物をものともしない身のこなし……これは一体?」

解説「彼はどうやら高校時代にパルクールという技術を身につけていたようですね。それを駆使して平和島静雄と渡り合っていたとか……」

実況「なるほど。折原選手は頭脳派プレーヤーかと思っていましたが、どうやら身体面でも優れた技能を持っている模様。早速のイエローカードに不利かと思われたこの試合、まだまだ先が読めません!」

解説「ところで折原選手、どこに向かって走っているのでしょうか? 彼は新宿に帰ると言っていましたが……」

実況「このままでは帰るだけで大幅なロスタイムとなってしまいます! ロスタイムを清算する中でロスタイムを生み出してしまうのは正直痛い!」

解説「ぶっちゃけあのまま運び屋さんを待っていた方が試合運びが順調だったような気もしますね」

実況「果たして折原選手はこのロスタイムを完遂することが出来るのでしょうか? まったくなにが起こるのかわからない折原選手のプレーから目が離せません!」





四日と二時間と十三分で君に愛を告げる方法
20100531

なんだか途中で審判団×臨也でもいい気がしてきたわたしを誰かぶん殴ってやってください……