『ここ一週間でわかってるだけで52人です。その全てが心臓麻痺です』

『全て追い続けてきた、もしくは刑務所に留置されていた犯罪者』

『普通に考えて居場所のわからない指名手配犯の多くも死んでますな』

『そう考えると軽く100人以上……』

 人々の苛立ち、焦燥が、スピーカーを媒介として部屋の空気を振動させていた。床に置かれたマッキントッシュ以外に物がないこの部屋では、声がよく響く。
 簡素な部屋の中央には、恰好を崩してモニターの前に座る男がいた。
 歳は20代前半だろうか。白い七分丈の長そでに細身の体形に合わないぶかぶかのストレートジーンズを着、無造作に跳ねた黒髪から外見に頓着しない性格だとわかる。画面を見据える大きな黒い眼の下には深い隈が刻まれ、肌の白さも相まって不健康な雰囲気を醸し出す。黒髪、黒目から一見するとアジア系に見えるが、尖った顎先や彫の深さを見るに恐らく違うのだろう。
 モニターにはしかめ面した各国の捜査員たちが映し出され、彼の薄い唇はわずかに弧を描く。待ちに待った瞬間だった。

「そうか…ICPOもやっと重い腰を上げたか。この事件、いくら私でも警察の手を借りないわけにはいくまい」

 随分と自信に満ちた、傲慢とも取れる発言だが、この男の場合はそれが許された。
 何故ならば、彼こそが世界の迷宮入り事件を解いてきた影のトップ、最後の切り札―――

『こうなるとまたLに解決してもらうしかありませんな』

 Lだからだ。

『しかしLは自分が興味を持った事件しか動かないわがままな人物というじゃないか』

『そうそう、それに我々からはコンタクトも取れない!』

 (そろそろいいだろう…)

 Lは指示を出すべく体を屈ませ、マイクに顔を近づけた。口角はもう上がっていない。

「ワタリ」

『はい』

 落ち着いた返事と共に、革靴の音が遠ざかっていく。

『Lはとっくにこの事件の操作を始めています』

『ワタリ…』

 視点が移動したため、ワタリの登場に驚き、ざわめく人々の様子がよく見渡せた。

『お静かに願います。Lの声を今お聞かせ致します』

 会場は静まり、人々の目が一斉にこちらを向く。Lは気後れすることなく、静かに口を開いた。

「ICPOの皆様、Lです。この事件はかつてない大規模で難しい、そして…」

 息を吸う。

「絶対に許してはならない、凶悪な大量殺人事件です!!」

 疑わしげに眉をしかめる者が多数いたが、Lは構わず続ける。この場で賛同を得ようとは思っていない。

「この事件を解決するために、是非全世界、ICPOの皆さんが私に全面協力してくださる事を、この会議で決議して頂きたい」

 伝えるべき話はそれだけだった。
 マイクから顔を離し、協力するかしないかで揉め合う刑事たちを横目に、Lは死刑囚リストを手に取る。必ず決議されると確信していたからだ。一週間で52人の犯罪者が心臓麻痺で死亡するという、この不可解極まりない事件。警察が自分の協力を仰がない訳がない。単なる自負ではなく、それが事実なのだ。
 その証拠に、予想していた言葉がスピーカーから発せられる。

『L…ICPOの皆さんが全面協力してくださる事を可決しました』

 Lはリストから目を上げた。

「わかりました、特に日本警察の協力を強く要請します」

『えっ』

『な…何故日本なんだ!?』

 (やはり、新宿の通り魔に気づいてないのか…)

 新宿の通り魔とは、新宿の繁華街で6人を殺傷した音原田九郎のことだ。殺傷した翌日、保育園に立てこもり、原因不明の心臓麻痺で死亡している。全国的には取り上げられなかったが、関東枠のニュースでは中継をしていた。小さな事件とは言えないだろう。
 しかしLは日本警察に呆れも失望もしなかった。元々警察には何も期待していない。欲しいのはその権力。警察の優秀さなど二の次だった。

「犯人は複数であれ単独であれ日本人である可能性が極めて高い。日本人でないにせよ、日本に潜伏している」

『そ…そんな、何を証拠に…』

「何故日本なのか……それは…」

 ここで恥をかかせる訳にはいかず、Lは言葉を切り、こう続けた。

「近々犯人との直接対決でお見せできると思います。とにかく捜査本部は日本に置いて頂きたい」


20130301

back

- ナノ -