10月31日 8:22
皆に挨拶を済ませ、カタカタ仕事に励むナナのところへ、捜査本部のリーダーである竜崎が、両手をポケットに入れながらのそのそとやってきた。
「ナナさん、ナナさん」
「はい、何でしょう?」
呼び掛けられたナナは長い髪を耳にかけ、嫌な顔ひとつせず上司に笑顔を向ける。
一方竜崎は指をくわえて、じっと無表情にナナを見つめてきた。それはそれは穴が空きそうなほど。
「……………」
「……………」
沈黙。
その見透かされているような視線を居心地悪く感じ始めたとき、ようやく竜崎は瞬きをして、「……すみません、何でもないです」と、またのそのそ定位置へ戻っていった。彼の丸まった背中は、いつもと違ってなんだかさびしそうだ。
何となく罪悪感を覚えたナナは、ぐるぐる考えをめぐらせる。
昨日の書類に何か不備があった?
でもそういう時はちゃんと注意してくれるって、松田さんが実証してくれたし……あ、もしかして。
ピンときたナナは竜崎のデスクを確認し、そのままキッチンへ足を向けた。
しばらくして銀盆を持ったナナがキッチンから出てきた。盆の上には紅茶が入ったポットと、苺がつやつやのショートケーキ。ワタリが竜崎用に買っていたものだ。
モニターの前にいる竜崎の後ろ姿に近づきながら、ナナはさっきの彼の様子を思い浮かべる。遠慮なんてしなくていいのに。
意外と気を遣ってくれるんだな、と笑みをもらして、キーを打つ竜崎に声をかけた。
「竜崎、ケーキを…」
ガタッ
「!」
言い終わらないうちに勢いよく立ち上がった竜崎に、ナナはビクッと体を震わせる。
あまり感情を表に出さない彼が採ったその行動に、ナナは驚きを隠せなかったが、すぐに、やっぱりケーキが食べたかったのか、と意外と子供っぽい一面に微笑んだ。
「ワタリさんがいないときは私の仕事ですから、いつでもお申し付けくださいね」
「……ああ、はい、ありがとうございます」
罰の悪い顔をしてゆっくり椅子の上に座った竜崎は、少し落胆しているように見える。心なしかフォークを取るスピードも遅い。
あれ、違った……?
ショートケーキが好きって聞いてたんだけど……。
彼のカップに紅茶を注ぎながら、ナナは冷蔵庫にあるうちのどのケーキが正解だったのかを考えていた。
10月31日 12:36
「……なあ、今日の竜崎ちょっとおかしくないか」
昼食を食べに降りたホテルのレストランで、そう切り出したのは部長の夜神総一郎だった。
「確かに。今日竜崎に用もないのに声を掛けられました」
と頷くのは相沢。
「相沢さんもですか?」
パスタを巻きながら隣を向くのはナナ。
「そういえばナナさん、朝竜崎と話してましたね。僕もさっき呼ばれました」
と、しょうが焼きに大根おろしをつける模木。
「僕もです。竜崎が意味もなく声を掛ける訳ないと、不思議に思ってました」
思案顔で腕組みする月。
「え……僕声掛けられてないんですけど…」
ハンバーグを切るのを止め、手を挙げる松田。
「じゃあ、皆呼びかけられたのか……」
「いや、あの、だから僕は……」
「月くん、どうしてかわかるかい?」
「あの……」
「いえ、理由はわかりませんが……多分、今日の日にちに関係するんじゃないかと」
「あっ、ハロウィン?」
「なるほど」
「……………」
「竜崎がこんなときに行事を楽しむとは思えないが……」
「ですが局長、あの甘党の竜崎です。それに子供っぽいところもありますよ」
「そうだな……よし、松田。ちょっと仮装のコスチュームを買ってきてくれないか」
会話に交ざることを諦め、食事に専念していた松田が顔を上げる。
「え!、僕がですか!? ……いいですよ、行きますよ!」
「ありがとう、松田さん。私の衣装は何でもかまいませんよ」
「ナナちゃん、いいのっ!? よーし、買ってきます!!」
ご飯を詰めこみ飛び出した松田を見て、月が呆れたように呟く。
「ナナさん、松田さんにあんなこと言って……絶対後悔しますよ」
「え……?」
20分後、ナナは本当に後悔することになる。
10月31日 13:10
「竜崎、今戻った」
扉を開けて言った夜神を先頭に、相沢、模木、松田、ナナ、月たちが捜査本部へ入ってきた。それぞれ、医者、カウボーイ、フランケンシュタイン、パ●レーツオブカリビアン、メイド、ヴァンパイアの格好をしている。いい年した大人たちが仮装をして、しかも無表情でぞろぞろと部屋に入る姿は、何ともシュールな光景だ。
「遅かったですね。ナナさん、コーヒーを入れてもらえますか」
残念なことに竜崎はそれを見ることなく、パソコンに目を向けたまま言う。
「……はい、ただいま」
返事してキッチンへ足を向ける。竜崎の反応を見る実験体となってしまった不憫な彼女は、夜神たちの哀れみの目に、ぎこちなく微笑んだ。
4人の哀れみはそれだけでなく、ナナのメイド服にも向けられていた。とても似合っているが、本場のものではなく、どこぞの店員のような格好をさせられていたからだ。松田に。
歩くたびひらひら揺れる頼りないスカートに、ナナは松田を心の中で罵りながら、竜崎のデスクにカップを置く。
「どうぞ」
「ありがとうございます……?」
礼を言った竜崎は、視界の端に入ったナナの腕のフリルに振り返った。黒い瞳が微かに見開く。
「……何ですか、その格好」
「きょ、今日はハロウィンですので」
「……………」
黙っているが、ナナを見上げる彼の目は明らかに、あなたは馬鹿ですか、と言っている。直接言われるよりなお堪える。
ああ、そうです…私は馬鹿です……だからそんな目で見ないでください…。
『ご主人様』にいびられているかのように縮こまっていく。
かわいそうな彼女を見兼ねて助け船を出したのは、やっぱりジャック・●パロウ船長だった。
「ち、違うんです竜崎! もとはと言えば竜崎のせいなんです!」
「そうだ、竜崎。少し話を聞いてくれないか」
松田に同意する吸血鬼もとい夜神月。足を組み、片肘をついてわざわざ長い牙を見せている。よほど気に入ったのだろう。
「月くん…夜神さんまで……」
見回せば全員仮装をしている。小道具まで持って。
さすがの竜崎も、ショックを隠しきれないようだった。
「今日、竜崎の様子がいつもと違ってたから、ハロウィンがやりたいんだろうと思って僕たちこんな恰好を……」
「……ああ、少し露骨すぎましたね」
竜崎は椅子をまわしてまたくるりと前を向いてしまった。ソファに集まっていたナナたちは、事情がのみ込めず眉を寄せる。
「露骨……?」
竜崎はカタカタと打鍵しながら、彼にしては少し小さい声で言った。
「……今日、私の誕生日なんです」
「た、誕生日…!!」
誕生日。竜崎の口から出てきた、その似つかわしくない言葉に一同は驚いたが、同時に胸にストンと落ちる。だから意味なく声をかけたり、ケーキという語に反応していたのだ。
竜崎に誕生日を教えてもらったことは、ナナたちの思い出す限りなかったけれど。
「そうだったのか……竜崎、おめでとう!」
「おめでとうございます、竜崎」
「おめでとう!」
自分に向けられるお祝いの言葉に、竜崎はそっぽを向いたまま軽く会釈を返した。
「…ありがとうございます」
あれ、もしかして。
ナナたちは顔を見合わせ、いたずらっぽく笑う。
「誕生日おめでとうございます竜崎!」
「竜崎!」
笑いながら隣にかがめば、反対を向く。しかし反対には松田がいて、また前を向く。いつもより血色がいい気がする。
明日、お祝いにクッキーでも焼いてこよう。ナナとはその横顔を見ながら微笑んだ。
「…わかりましたから、早く着替えて仕事に戻ってください。気が散ります」
「いやー、竜崎にもかわいいとこあるんですね」
「松田さん、ウザいです」
「…………」
おわる
2012/08/09
2012/10/31
HAPPY BIRTHDAY L!!!!
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