(5月22日、青山でノートを見せ合う…『ノート』という言葉は学生風の日記として書かれているから不自然じゃないし、キラである僕にしか伝わらない)
「……ん?」
それは、2004年5月12日、捜査本部であるスイートルームの一室で突然起こった。夜神月の声が、頭の中で唐突に響く。
(それに警察は、まず5月30日の『東京ドームの巨人戦にて死神を確認する』のほうを注目する。『ノート』という言葉がある以上、東京ドームのほうが本気で、あとはただの日記とはキラには思えない……警察をドームに向けさせ、『青山で』とキラにメッセージを出してきたと考えて、ほぼ間違いないだろう……)
目の前に立つ夜神月は、口を開いていない。ただ第二のキラから送られてきた手紙を見つめている。
ではなぜ、彼の声が聞こえてくるのだろうか。『死神』が実在するかもしれないように、人の心が読めるようになったのか。だとしたら、自分は世の人々も驚く超能力者となる。しかしナナにとっては、超能力以上に、夜神月の声が話した内容に驚いた。「キラである僕にしか伝わらない」。彼ははっきりとそう言っていた。
「いや、ちょっと待って……」
そんなおかしな話はないと、思わず声に出してしまった。「どうしました、鈴木さん」と竜崎に尋ねられる。局長たちも不思議そうにこちらを見つめている。まさか夜神月の心の声が聞こえてくるのだとは言えず、慌てて首を振った。
「いえ、すみません、何でもありません」
竜崎は「そうですか」と頷く。気遣うような視線をこちらに向けた後、夜神月に向き直った。
「どう思います? 月くん」
「ん」と竜崎に答える月の声が、頭の中に入ってくる。
(竜崎……L……『ノート』がキーワードまでは奴にはわからない。しかしここは下手なことは言わず、奴の出方を見たほうがいい……)
夜神月は竜崎を奴と呼んだ。この『声』が本当に夜神月の心の中の声なのかわからないが、本当だとしたら夜神月はキラ確定となる。彼は『ノート』という言葉が重要だと思っているようだ。キラにしか伝わらない、暗号なのだろうか。竜崎はやはり30日に東京ドームを検問し、今日以降で場所の書かれた日は、その場所を徹底的にマークしておくべきだとして、青山・渋谷に私服警官を配備すると言った。
「――ですから、朝日さんのように目をギラギラさせた、いかにも刑事という人は除外します」
「……うむ…」
(じゃあ、僕が行くしかないな)
突然松田の『声』が脳内に入ってきた。夜神月だけでなく、皆の心の声が聞こえるらしい。これで松田が手を挙げたら、この能力は本当だと証明できる。松田を注視していると、彼は手を挙げた。
「じゃあ、青山・渋谷の街に似合いそうな僕が行きますよ」
信じられないが、本当に心が読めているらしい。何と言うことだ。この能力を使って、事件を解決できてしまう。他に金儲けなどもできそうだったが、ナナは警察官という職に誇りを持ち、事件を自分の手で検挙することに心血を注いでいたため、その発想がいの一番に出てきた。
「僕も行くよ」と夜神月も名乗り出た。先ほどから『青山でノートを見せ合う』という文章に執着していたので、やっぱりなと納得した。
「……私も行きます」
「お、鈴木さんも?」
「松井さんだけでは少し心許ないので」
「はは、相変わらずテキビシーなあ……」
それっぽい理由をつけて、月と行動することにした。第二のキラが現れれば、この能力を使って夜神月と第二のキラの心の声を読むことができる。それまでに聞きたい人の声を聞けるように、能力を研ぎ澄まさなければ。ナナはひそかに決心し、拳を握った。
迎えた5月22日は、快晴だった。大学の友達を連れてきた夜神月は、松田をいとことして、ナナを松田の妹として紹介した。さすが月くん、なんて思っている松田の声は聞かないようにし、月とその周囲の『声』に耳を傾ける。様々な特訓をした甲斐あってか、聞きたい人の『声』を意識すると、その人の『声』が聞けるようになった。
(これだけの人数で動けば、もしリュークを見られても誰に憑いてるかはわからない。まずノートを見えるように持っている者がいないか見る。そして気づかれずにそのノートに触れれば……)
夜神月は先ほどから考えを巡らせている。リュークとは死神のことだろうか、と思ったその時だった。
(みっけ)
女性の声に、はっとナナはそちらを向く(能力の鍛錬を行い、なんと方向がわかるようになっていた)。喫茶店のガラスの向こうに、おかっぱに眼鏡、セーラー服を着た少女が座っていた。夜神月を見ているようだ。
(『夜神月』か…『つき』くんかな? 変わった名前だけど、一人だけ寿命が見えてないよ。ノートを持った人間同士じゃ寿命は見えない……キラ確定! こんな簡単に会えるなんて思ってなかったよ。これで危険を冒してまで『NOTEBLUE』行く必要もなくなっちゃった)
確実に、この少女が第二のキラのようだった。じっと少女を頭に刻み込むように見つめていると、目が合った。
(お、変装してるのにわかっちゃったかな?)
彼女はにこっと笑い、こちらに手を振ってきた。ナナもとりあえず手を振り返す。その笑顔に、見覚えがあった。そして『変装してるのにわかっちゃったかな』という言葉。彼女はもしや――
「弥ミサ、ではないかと」
深夜のホテルの一室で、これまで静かに聞いていた(と言っても眉をひそめていたが)竜崎は、「あまねみさ」と呟いた。心の声が聞こえることやら、かくかくしかじかを説明したナナは、そうですと自信満々に頷いた。
「あの声、表情、背丈、顔の小ささ。弥ミサ以外に思いつきません!」
「……………」
竜崎は黙ってしまった。
(それだけで判断するのは危険だ……そもそも、心が読めるというのは本当なのか?)
「本当です!」
すかさず反応する。これには竜崎も驚いたようだった。
「……では、私が今食べたいものを言ってください」
「マカロンです!」
「……正解です……」
竜崎はしぶしぶといったように頷いた。
「心が読めるというのは信じます……夜神月がキラだということも、もちろん信じます……ただ、あまねみさが第二のキラだとは、まだ確定できません」
竜崎にそう言われ、ナナは熱くなっていた頭(第二のキラを見つけた喜びや深夜のテンションで)が冷えていくのを感じた。確かに、これは自分の主観的な考えで、客観性に欠けている。
「では、どうしたら……」
一瞬にして途方に暮れてしまったナナは、竜崎に助けを求める。竜崎は珍しいことに、薄く微笑んだ。
「ここに、青山・渋谷に配置した監視カメラの映像があります。NOTEBLUE付近の映像に絞り、鈴木さんが見た少女が映ってないか確認しましょう。映っていたら、映像を解析し、あまねみさかどうか確認します」
さすが竜崎、頼りになる上司だ。最初は淡々とした雰囲気が苦手だったけれど、今は竜崎を尊敬してるし、純粋に好きだと思う。
「……今、私を好きだと言いましたか?」
「えっ、口に出してないですが……」
「……まさか」
どうやらこの能力は、人に渡っていくものらしい。
20190623
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「……ん?」
それは、2004年5月12日、捜査本部であるスイートルームの一室で突然起こった。夜神月の声が、頭の中で唐突に響く。
(それに警察は、まず5月30日の『東京ドームの巨人戦にて死神を確認する』のほうを注目する。『ノート』という言葉がある以上、東京ドームのほうが本気で、あとはただの日記とはキラには思えない……警察をドームに向けさせ、『青山で』とキラにメッセージを出してきたと考えて、ほぼ間違いないだろう……)
目の前に立つ夜神月は、口を開いていない。ただ第二のキラから送られてきた手紙を見つめている。
ではなぜ、彼の声が聞こえてくるのだろうか。『死神』が実在するかもしれないように、人の心が読めるようになったのか。だとしたら、自分は世の人々も驚く超能力者となる。しかしナナにとっては、超能力以上に、夜神月の声が話した内容に驚いた。「キラである僕にしか伝わらない」。彼ははっきりとそう言っていた。
「いや、ちょっと待って……」
そんなおかしな話はないと、思わず声に出してしまった。「どうしました、鈴木さん」と竜崎に尋ねられる。局長たちも不思議そうにこちらを見つめている。まさか夜神月の心の声が聞こえてくるのだとは言えず、慌てて首を振った。
「いえ、すみません、何でもありません」
竜崎は「そうですか」と頷く。気遣うような視線をこちらに向けた後、夜神月に向き直った。
「どう思います? 月くん」
「ん」と竜崎に答える月の声が、頭の中に入ってくる。
(竜崎……L……『ノート』がキーワードまでは奴にはわからない。しかしここは下手なことは言わず、奴の出方を見たほうがいい……)
夜神月は竜崎を奴と呼んだ。この『声』が本当に夜神月の心の中の声なのかわからないが、本当だとしたら夜神月はキラ確定となる。彼は『ノート』という言葉が重要だと思っているようだ。キラにしか伝わらない、暗号なのだろうか。竜崎はやはり30日に東京ドームを検問し、今日以降で場所の書かれた日は、その場所を徹底的にマークしておくべきだとして、青山・渋谷に私服警官を配備すると言った。
「――ですから、朝日さんのように目をギラギラさせた、いかにも刑事という人は除外します」
「……うむ…」
(じゃあ、僕が行くしかないな)
突然松田の『声』が脳内に入ってきた。夜神月だけでなく、皆の心の声が聞こえるらしい。これで松田が手を挙げたら、この能力は本当だと証明できる。松田を注視していると、彼は手を挙げた。
「じゃあ、青山・渋谷の街に似合いそうな僕が行きますよ」
信じられないが、本当に心が読めているらしい。何と言うことだ。この能力を使って、事件を解決できてしまう。他に金儲けなどもできそうだったが、ナナは警察官という職に誇りを持ち、事件を自分の手で検挙することに心血を注いでいたため、その発想がいの一番に出てきた。
「僕も行くよ」と夜神月も名乗り出た。先ほどから『青山でノートを見せ合う』という文章に執着していたので、やっぱりなと納得した。
「……私も行きます」
「お、鈴木さんも?」
「松井さんだけでは少し心許ないので」
「はは、相変わらずテキビシーなあ……」
それっぽい理由をつけて、月と行動することにした。第二のキラが現れれば、この能力を使って夜神月と第二のキラの心の声を読むことができる。それまでに聞きたい人の声を聞けるように、能力を研ぎ澄まさなければ。ナナはひそかに決心し、拳を握った。
迎えた5月22日は、快晴だった。大学の友達を連れてきた夜神月は、松田をいとことして、ナナを松田の妹として紹介した。さすが月くん、なんて思っている松田の声は聞かないようにし、月とその周囲の『声』に耳を傾ける。様々な特訓をした甲斐あってか、聞きたい人の『声』を意識すると、その人の『声』が聞けるようになった。
(これだけの人数で動けば、もしリュークを見られても誰に憑いてるかはわからない。まずノートを見えるように持っている者がいないか見る。そして気づかれずにそのノートに触れれば……)
夜神月は先ほどから考えを巡らせている。リュークとは死神のことだろうか、と思ったその時だった。
(みっけ)
女性の声に、はっとナナはそちらを向く(能力の鍛錬を行い、なんと方向がわかるようになっていた)。喫茶店のガラスの向こうに、おかっぱに眼鏡、セーラー服を着た少女が座っていた。夜神月を見ているようだ。
(『夜神月』か…『つき』くんかな? 変わった名前だけど、一人だけ寿命が見えてないよ。ノートを持った人間同士じゃ寿命は見えない……キラ確定! こんな簡単に会えるなんて思ってなかったよ。これで危険を冒してまで『NOTEBLUE』行く必要もなくなっちゃった)
確実に、この少女が第二のキラのようだった。じっと少女を頭に刻み込むように見つめていると、目が合った。
(お、変装してるのにわかっちゃったかな?)
彼女はにこっと笑い、こちらに手を振ってきた。ナナもとりあえず手を振り返す。その笑顔に、見覚えがあった。そして『変装してるのにわかっちゃったかな』という言葉。彼女はもしや――
「弥ミサ、ではないかと」
深夜のホテルの一室で、これまで静かに聞いていた(と言っても眉をひそめていたが)竜崎は、「あまねみさ」と呟いた。心の声が聞こえることやら、かくかくしかじかを説明したナナは、そうですと自信満々に頷いた。
「あの声、表情、背丈、顔の小ささ。弥ミサ以外に思いつきません!」
「……………」
竜崎は黙ってしまった。
(それだけで判断するのは危険だ……そもそも、心が読めるというのは本当なのか?)
「本当です!」
すかさず反応する。これには竜崎も驚いたようだった。
「……では、私が今食べたいものを言ってください」
「マカロンです!」
「……正解です……」
竜崎はしぶしぶといったように頷いた。
「心が読めるというのは信じます……夜神月がキラだということも、もちろん信じます……ただ、あまねみさが第二のキラだとは、まだ確定できません」
竜崎にそう言われ、ナナは熱くなっていた頭(第二のキラを見つけた喜びや深夜のテンションで)が冷えていくのを感じた。確かに、これは自分の主観的な考えで、客観性に欠けている。
「では、どうしたら……」
一瞬にして途方に暮れてしまったナナは、竜崎に助けを求める。竜崎は珍しいことに、薄く微笑んだ。
「ここに、青山・渋谷に配置した監視カメラの映像があります。NOTEBLUE付近の映像に絞り、鈴木さんが見た少女が映ってないか確認しましょう。映っていたら、映像を解析し、あまねみさかどうか確認します」
さすが竜崎、頼りになる上司だ。最初は淡々とした雰囲気が苦手だったけれど、今は竜崎を尊敬してるし、純粋に好きだと思う。
「……今、私を好きだと言いましたか?」
「えっ、口に出してないですが……」
「……まさか」
どうやらこの能力は、人に渡っていくものらしい。
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