――ぽちゃ、ぽちゃ。
 竜崎は、用意された角砂糖をいくつもいくつも紅茶へ落とす。何個入れたかなんて、数えてもいないように。甘すぎて飲めなくなるのではと、だんだん心配になってきた時、骨ばった手を止め、ティースプーンで紅茶を混ぜはじめた。金属と陶器の触れ合う音がする。いくらかき混ぜようとも、いくら紅茶が熱くとも、あの量の角砂糖は溶けないだろう。しばらくしてスプーンをソースに置き、竜崎は紅茶を啜る。とてつもなく甘いはずだが、彼の表情はいつも通りで何の変化もない。
 視線に気づいた竜崎と目が合う。ナナもまた、観察していた後ろめたさなど顔に出さず、微笑んだ。

「どうしました?」

「……見られているような気がしたので」

「すみません、砂糖を何個入れるんだろうと興味を持ちまして……仕事に戻ります」

 誤魔化せるものではないと思い謝ると、再びパソコンに向かう。ナナに任された仕事は、南空ナオミの行方を追うことだった。相沢達と同じく聞き込みに出かけていたナナだったが、南空ナオミは元FBIだったという情報と、恋人がキラに殺されたという仮定から、捜査本部に連絡を取ろうとするのではと考えた。警察庁の受付は案の定、南空ナオミを知っていた。彼女の写真を見せると、元旦に尋ねてきたと言ったのだ。同時に、父、夜神総一郎の服を届けに来た夜神月もその日に現れ、南空ナオミを捜査本部に取り次ぐ、と言ったそうだ。それから二人はロビーで話をしていたらしい。
 竜崎に報告すると、警察庁の防犯カメラのデータベースから、元旦の動画を見て欲しいと言われた。公開捜査なら警察庁と掛け合ってデータの開示ができるが、公開捜査にしてしまえば南空ナオミが生きていた場合、キラに狙われる可能性があるとのことで、ハッキングをしなければならない。
 元々警察の人間なので内部には入れるが、そこに防犯カメラのデータなどなく、ナナは先程からキーボードを叩いていた。角砂糖を落とす音に反応してしまったのは、少し手を休めたいという気持ちからだった。

「……データベースに侵入できました」

 最後にエンターキーを押し、竜崎に言う。ありがとうございます、と竜崎は肘掛け椅子から自分の座るソファへやってきた。元旦のカメラのデータをクリックすると、彼も画面を覗き込んでくる。そこには、受付が言っていたとおり、夜神月と南空ナオミの姿があった。ロビーのところに、監視カメラに背を向けて二人は座っている。しばらくして、夜神月が南空ナオミを誘うように、警察庁から出て行った。

「……この近辺の監視カメラを洗いましょう。駅構内はもちろん、ビルのカメラも。鈴木さん、皆さんをここへ集めてください」

「わかりました……竜崎」

「はい」

「この動画を局長に見せたら、少なからずショックを受けるかと思いますが……」

 夜神月が南空ナオミと接触していたとなれば、夜神月のキラ容疑も高まる。竜崎は淡々とした口調で応えた。

「そのことは気にしなくていいです。夜神さんも私情を挟むのはよくないとわかってます。気にせず、見せてください」

「わかりました」

 ナナは竜崎のこういうところが好きだ。いつも冷静で物事を客観的にとらえている。上司として申し分ない。
 皆が本部という名のホテルに戻ってきた。一番役立つ情報を持ってきたのは相沢だった。受付に尋ねたところ、夜神月が南空ナオミを捜査本部に取り次ぐと言うのが聞こえたらしい。
 竜崎の言うとおりに警察庁の動画を見せる。皆驚いていたが、やはり一番ショックを受けているのは総一郎のようだった。しかし、彼は竜崎の質問に答えてくれた。夜神月が本部の場所を知っているわけがなく、総一郎も言ったことはないという。今の時点では夜神月が怪しい。駅構内の監視カメラに再びハッキングし、元旦の動画を手分けして見る。すると、模木が南空ナオミの姿を発見した。彼女はうつむき加減で電車を待っていた。

「何か、意気消沈しているような感じですね……」

「フィアンセが亡くなったことで沈んでいるのか、この前に何かあったのか。駅周辺のビルのカメラを見てみましょう」

 竜崎の指示で、周辺のビルのカメラへ侵入する。松田があっと声を上げた。

「これ、月くんと南空ナオミじゃないですか!?」

 松田が見ていた画面を皆でのぞき込む。そこには、彼の言う通り、二人が立っていた。何か話しているようだ。やがて南空ナオミは何かを渡した。夜神月はメモのようなものを取り出し、渡されたものを見ながら何かを書いている。その時、ちょうど傘をさし、二人を通り過ぎる人がいた。

「あ、俺だ」

 相沢がふと呟いた。確かにその人は相沢のようだった。しかし、今そんなことはどうでもいい。
 彼女は少しして、夜神月に背を向け、歩き出した。何か様子が違う。夜神月が携帯を取り出したが、操作せずに懐へ戻した。夜神月はしばらく南空ナオミの後姿を見ていたが、やがて反対方向に向かって歩き出した。

「……どうして月は南空ナオミを外に連れ出したんだ?」

「この動画を見る限りではわかりません……南空ナオミから何を渡されメモしたのか……直接月くんから聞き出す必要があります」

 竜崎は机に置かれたデジタル時計をちらと見た。

「そろそろ学校も終わるでしょう……鈴木さん」

「はい」

「南空ナオミの行方がわからないことを言っても構いません。彼女と何を話したのか、何をメモしたのか、聞き出してください」

「……わかりました」

 夜神月は賢い人間だ。今までの調査から、そのことは重々承知している。もしキラだとしたら……一筋縄ではいかないだろう。
 どうやって聞き出すか考えながら立ち上がると、竜崎は言った。

「嘘をつかれてると感じても、無理して聞き出そうとしなくて大丈夫です」

 考えていることを、見抜かれたようだった。竜崎は人に興味がないようでいて、よく観察している。そして、と彼はつづけた。

「決して本名を明かさないでください。何かあればすぐに、バックルを押してください」

「はい……行ってきます」

「くれぐれも気を付けて」と竜崎から声を掛けられる。皆も、こちらに頷いた。
 息子に疑いをかけられた総一郎は沈んでいる様子だったが、同じく頷いてくれた。頷き返し、部屋を出る。
――ぽちゃ、ぽちゃ。
 ドアを閉める間際、後ろから角砂糖が落とされる音がした。夜神月から聞き出せなかった場合に、どう攻めるか考えるため、糖分を補給しているのだろう。竜崎が――Lが、バックにいてくれていると思うだけで、心強く感じた。

20190527

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