ナナはもともと、和菓子が好きだった。四季に合わせて、美しい姿をし、口に含めば、まろやかな美味しさが広がる。和菓子は洋菓子と比べて小さいけれど、その中には宇宙が――奥深さが広がっている。だから、創業100年の老舗和菓子店でアルバイトしようと決めたのも、自然な成り行きだった。
 アルバイトなので、作ることはできない。ただ、作っている工程が見られるし、レジ係としてお店に関わっていると思うだけで、ナナは幸せだった。
 今日もいつも通り、お客さんにおつりを渡し、笑顔で礼を述べていると、出入り口であるガラス戸がゆっくりと開けられた。ストーブでよく温められた部屋に、寒気が入り込む。客がまた一人入ってきたのだ。その人は、黒のコートにスーツ姿、頭には洒落たハットを被った、白髪の外国人だった。最近、よく来てくれるお客だ。
「いらっしゃいませ」と目を合わせてほほ笑むと、そのお客も微笑み返し、いつものように流ちょうな日本語で言った。

「いちご大福を、三つください」

「かしこまりました」

 この和菓子店で、一番有名なのはいちご大福だ。非常に人気の和菓子で、早ければ午前中に売り切れてしまう。このお客さんが最初に来た時、いちご大福はすでに売り切れていた。午前中に来たほうがいいと伝えると、三日に一度くらいの頻度で、こうして来てくれるようになった。
 英国紳士の恰好をしたその人は、日本に来てどのくらいなのか、何の仕事をしているのか、いろいろ気になるところがある。今までは聞かないほうがいいと思って尋ねることはなかったが、今日は少し距離を縮めてみようと思った。

「お客さん、最近よく来てくださいますね。当店のいちご大福を、気に入ってくださいました?」

 大福をパックに入れながら聞くと、お客さんはにこやかに答えてくれた。

「はい。口当たりがよく、甘さもさっぱりしていて、とてもおいしいです」

 『おいしい』と言われ、ナナは作る側ではないが、誇らしい気持ちになった。「ありがとうございます」とお礼を言って、パック詰めしたものを袋に入れる。

「私もここのいちご大福が大好きで……だからここでアルバイトをしようと思ったくらいなんです」

 笑いながら言うと、彼はほう、と楽しげに眉を上げた。

「和菓子がお好きなのですね?」

「はい、子供のころから」

「670円になります」とレジをたたく。1000円が出され、おつりを用意していると、彼はしみじみと言った。

「……私の息子も甘いものをよく食べるので、こうして甘味を買っていってあげてるのです」

「そうなんですね! 男の人でも甘いもの好きな人、多いですものね。息子さんと私、気が合いそうです」

 想像してにこやかに笑うと、お客さんも笑みを返した。

「確かに、気が合いそうですねえ。今度連れてこようと思います」

「はい、是非!」

 おつりを手渡しながら頷く。その言葉に嘘はなく、一度足を運んできてほしいという気持ちがあった。そんなナナに、お客さんはふっと笑った。

「あなたは人柄の良い方ですね……つい柄にもないことを言ってしまいました。では、また来ます」

「いえいえ……ありがとうございました」

 店外へ出るお客に、丁寧にお辞儀する。柄にもないこと、とは何のことだろう。少し疑問に思ったが、すぐに次のお客が来たため、深く考える間もなかった。

 この和菓子店には、春夏秋冬関係なく、ひっきりなしにお客が来てくれる。常連客でもない限り、そうそう顔を覚えることはないが、この日はいろいろと特徴的なお客が来た。つんつんした髪の毛に、目の下には酷い隈。だぼだぼのジーンズのポケットに手を入れ、猫背気味にそのお客は現れた。どんなお客でも平等に出迎える、がモットーのナナは驚きを表情に出すことなく、深々と頭を下げて出迎える。

「いらっしゃいませ」

 そのお客は頭を上げたナナの顔をじっと見て、こう言った。

「……いちご大福を3つください」

 落ち着きのある、低い声だった。はい、と返事をし、いちご大福を袋に詰める。なんとなく沈黙がいやで、用意しながら彼に話しかけた。

「当店のいちご大福は、初めてでいらっしゃいますか?」

「いえ、何度か食べてます」

「ふふ、おいしいですよね……670円になります」

 折りたたまれた1000円が彼のポケットから出された。つまむように持つ彼に不思議に思いながらも、お札を受け取る。いちご大福を3つとは、よく来てくれる紳士のお客さんと同じだな。そう思い、彼の顔を盗み見れば、鼻筋や顎が日本人とはどことなく違うような。あんまり見るのも不躾なので、さっとおつりを用意する。

「330円のお返しです」

「どうも」

「ありがとうございました」

 いちご大福の入った袋もつまむように持ち、かかとを潰したスニーカーで、ずりずりと去って行く。ポケットに手を入れなくとも、だいぶ背中が曲がっているようだ。日本人ではなさそうだったし、もしかしたら、紳士のお客の息子さんなのでは。だとしたら、ずいぶん対照的な親子だなあ。そう思い、彼の後ろ姿に微笑んだ。
 彼の開けたガラス戸から冷たい風が舞い込んだが、同時に春の柔らかな匂いが感じられた。

2020/11/11


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