あれから駅まで送ってもらい、ナナはちゃっかり魅上のメアドをゲットしていた。最初は渋っていた魅上だったが、あなたのことが知りたいと素直な気持ちを伝えると、不承不承教えてくれた。
 魅上からはもちろんメールは来ず、自分から話題を振った。趣味やテレビ、好きなこと。魅上は送られてきたメールを無視することはできないのか、生真面目に返事をしてきた。趣味は体を鍛えること、テレビはあまり見ないこと、ウィンストン・チャーチルを尊敬していること。メールを通じていろいろなことがわかった。
 ナナもまた、共通の話題を作るためにジム通いを始めた。もちろん、魅上と同じスポーツジム、『DAI KYOTO』でだ。毎週木曜と日曜の21時から22時まで。魅上と同じ時間にした。

「あれ、魅上さん?」

 初日、ナナは偶然を装い、横になってダンベルを上げている魅上に近づいた。魅上は驚いたようにこちらを見る。半袖姿の彼は、うっすらと汗をかいていた。

「ナナさん、何故ここに……?」

「私も、魅上さんに触発されて鍛えようと思ったんです。どうせなら、魅上さんと同じところにしようと思って……でも、迷惑ですかね……?」

 心配になり、問いかける。魅上はダンベルを止め、難しい顔をした後言った。

「……迷惑ではないですが、できるだけ私と離れたところで鍛えてください。話しかけられると気が散ってしまうので」

「わかりました。じゃあ、あっちでランニングしてきますね」

 彼から離れ、ランニングマシンのところへ行く。魅上と一緒にできるとは思っていなかったので、残念とは感じなかった。こうして接点ができることが狙いだからだ。ランニングで汗を流した後彼を見ると、違うところでまたダンベルを上げていた。几帳面な彼のこと、いつもと同じコースがあるのかもしれない。
 それから1時間、魅上と離れたところで体を鍛え、終わったころにはすっかりクタクタになっていた。シャワールームで一浴びして更衣室を出ると、男性用更衣室から出てきた魅上とばったり会った。それもそのはず、彼の行動パターンを読んで、22時半きっかりにジムから出られるようナナは計算していたのだ。彼と話せる嬉しさに、ナナは笑みを浮かべながら言う。

「久しぶりにこんなに運動しました。魅上さんはすごいですね、あんな重そうなダンベル持ち上げて」

「いえ、あのくらいは鍛えれば誰でもできますよ」

「そうですかねえ……魅上さん、夕飯は食べました?」

「いえ、まだですが……」

「よかったら……一緒に食べに行きませんか?」

 勇気を出して言った言葉だった。だめだったらだめで、しょうがない。魅上はしばし固まった後、ようやく口を開いた。

「……いいですが……」

「えっ、ほんとに? 本当にいいんですか?」

 はい、と魅上は目を瞬かせながら言う。ナナは嬉しさに舞い上がりながら言葉をつづけた。

「私、この辺でおいしいお店知ってるんです。魅上さんお酒飲めますか?」

「ええ、嗜むくらいには……」

「じゃあ、早速いきましょう!」

 彼とジムを出る。ナナはすっかり浮足立っていた。
 その店は、洒落た通りの一角にあった。大きな扉を開き、店員にテーブルまで案内してもらう。レンガ造りで落ち着いた店内には、これまた落ち着いたジャズがかかっていた。

「素敵なお店でしょう?」

 席に座りながら言うと、魅上は頷いた。

「この辺にこんな店があったとは、知りませんでした」

 二人はメニューを見た後店員に注文し、料理を堪能した。すっきりした白ワインを飲んでいると、魅上が口を開いた。

「……ナナさんは、キラについてどう思いますか?」

 思っても見なかった話題に、ナナはグラスを置く。

「キラ? うーん……そうですね、あまり考えたことがなかったです」

「賛成か反対かで言うと、どちらですか?」

「私は……反対だと思います」

「それは何故?」

「いくら重い罪を持った人でも、殺してしまえばそれは殺人です。キラのしていることは、人の生きる権利を踏みにじってます」

 思ったままを口にすると、魅上は反論してきた。

「そうも言えますが、実際に裁かれない犯罪者は世の中に多くいます。私もこの仕事をしていて――」

 特に怒っている様子ではなく、冷静だったが、その言葉には熱がこもっているように感じられた。
 ――魅上さんは、キラ信者なんだ。
 ナナは初めて気付いた。普通なら引いてしまうところだが、ナナは熱心に話す魅上を愛おしく感じた。彼の話ぶりは、キラを崇拝しているようだった。きっと、その正義感の強さの裏返しで、キラ教徒になったのだろう。

「魅上さんの言うことも、一理あると思います。一長一短ということですね」

 話をまとめると、魅上は、はあと間の抜けた声を出した。もっと反対してくると思ったのだろう。ナナにはそこまでキラに対する情熱はなかった。
 話題を変え、二人は話を続ける。魅上は笑顔を見せなかったが、楽しんでいる様子が見られた。ナナももちろん、彼との会話を楽しんだ。
 どれくらい時間が経っただろうか。そろそろ出ようということになり、二人は店を出た。すっかり夜も深くなり、街灯がまばらな人々を照らす。二人は駅に向かって歩き出した。

「魅上さんのお家はどこですか?」

「……左京区の吉田町にあります」

「へえ、京土大学の近くなんですね。私の家は〇〇にあります」

「……そうですか」

 それきり二人は無言になった。沈黙を気まずいとは思わなかった。冷たい風がコートの裾を揺らす。駅構内に入ると暖かい空気が二人を包んだ。改札の前で立ち止まる。

「……じゃあ、私はこれで」

 ナナは魅上に向き直り、名残惜しく感じながらも言った。今日はここまででいい。少しずつ近寄るつもりが、一気に間合いを詰めてしまった。酔ったふりをすることもできたが、彼には見破られてしまうだろう。というより、彼を騙したくない。魅上は頷いた。

「はい。また日曜に会いましょう」

「そうですね」

 今日だけでなく、また日曜にも会える。その次の木曜も、その先もずっと。
 ナナは彼の手袋に覆われた手を持ち、両手でぎゅっと握った。

「ナナさん……?」

「ふふ、会えない分、補充しときます」

 されるがままになっている彼に微笑む。若干慣れたようで、最初から力が抜けていた。
 切れ長のあの瞳と目が合ったときから、ずっと恋をしている。
 ナナが彼に気持ちを伝えるのは、もう少し先のことだった。

20171125


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