夜神月という人物ほど、完璧な人はいないとナナは考える。
頭脳明晰、容姿端麗、スポーツ万能。性格もよく、彼の周りは人で絶えない。太陽、とまではいかない。月は月のような落ち着きや静けさを持っていた。彼の姿を遠目で見ているだけでよかった、のに。

「えっ、ごめん、も、もう一回言って…?」

「好きなんだ、ナナさんが。僕と付き合ってくれないかな?」

彼は照れもせずに言う。こんなに恥ずかしがってる自分が馬鹿みたいだ。
二つ返事でオーケーし、ナナは月と付き合うことになった。
違う大学に通う彼とナナは、高校のときの同級生だった。共通の友達、美奈子がきっかけでアドレスを交換しただけの仲だったので、大学進学と同時に告白されるとは思っていなかった。だからこそ不思議だった。月は自分の何に惹かれたのだろう。
一度彼に聞いたことがある。その時は一緒にいると落ち着くから、と言われた。落ち着く。その答えを良しとしてもいいのか、経験の浅いナナにはよくわからなかった。
月はモテる。一緒に街を歩けば、人々の視線が隣に向けられているのがわかる。そんな彼は大学でどんな生活をしているのだろう。女友達はいるのだろうか。ナナは気になって、月の通う東応大へ行くことにした。
結果的には、行ったことを後悔した。月は高田清美という女と付き合っている。人々の噂を聞くと、高田はミス東大も名高い頭の切れる女だという。月の隣に立つ彼女の姿を見て、ナナは納得した。美しい二人はまさにお似合いだった。
隠れながら二人の後をついていき、そして、ナナは見てしまった。授業中に考え込む彼の表情を。黒板を見つめる彼の目には、氷のような冷徹さが浮かんでいた。今まで見たことのない表情だった。高田と付き合っていたことに怒りは沸いてこなかったものの、その表情にナナは恐怖を覚えた。あまりにも、普段の月とかけ離れていたからだ。
その晩、ナナは月を近所の喫茶店に呼び出した。

「どうしたんだい、突然?」

何もなかったかのように、正面に座る月は言う。コーヒーの香りが充満する中、ナナは目を合わせられないまま、ぽつりと呟いた。

「……別れてほしいの」

「どうして?」

月はかすかに目を見開いた。

「そんな素振り見せてなかったじゃないか。もし僕に嫌なところがあったなら、ちゃんと直すよ」

「見ちゃったの……大学で、高田さんと一緒にいるところを」

月は特に何も反応しなかった。

「ああ、高田さんか。彼女はただの友達だよ」

「……でも、周りの人たちは付き合ってるって言ってたよ」

「それは勘違いだよ。一緒にいるだけでそういうことになるんだから、勝手だよなあ」

「…本当?」

「本当さ。僕が愛してるのはナナだけだよ」

そう言って、月は自分の手を取る。とっさにナナは手を引いた。月は唖然としている。ナナ自身も自分の行動に驚いていた。

「どうしたんだい?」

「な…なんでもない……」

ナナは自分を落ち着かせようとそっとため息をつく。大丈夫。あの表情はただの見間違い。月があんな冷淡な目をするわけない。

「…ただ、まだちょっと動揺してるだけ」

だから、絶対大丈夫。



20150510
サイレント映画様提出

back

- ナノ -