セブルスに与えられた仕事は、不死鳥の騎士団のスパイだった。音もなく彼らに忍び寄ったり、たまに変装して彼らと接触したりして、聞き出した情報をダークロードへ流していた。
 その日は冷たい雨の夜だった。ホッグズ・ヘッドのバーの上にある旅籠のひと部屋で、ダンブルドアが占い学の教師と面接するという情報を元に、セブルスはその部屋の隣で壁に耳をつけやりとりを盗み聞いていた。聞いていると、シビル・トレローニーは才能のかけらもないように思われた。ダンブルドアもそう思ったらしく、「あなたはこの職には向いていないと思う」と告げた。そのときだった。トレローニーは今までの霧の彼方からのような声ではなく、かすれた荒々しい声で言った。
「闇の帝王を打ち破る力を持った者が近づいている――七つ目の月が死ぬとき、帝王に三度抗った両親のもとに生まれる――そして、闇の帝王は、その者を自分に比肩する者として印すであろう。しかし、彼は、闇の帝王の知らぬ力を持つであろう――」
「ここで何をしている!」
 セブルスは予言に集中するあまり、周りが見えていなかった。アバーフォースに無理矢理腕を掴まれ、ホッグズ・ヘッドを追い出された。セブルスはすぐにダークロードの元へ行き、その予言を教えた。七月の終わりに産まれるはずの子供の家は、ロングボトム家と――ポッター家ということを知らずに。
 冷たく侘しい丘の上で、セブルスは闇の中を息を切らしながら、杖をしっかりと持って動き回っていた。殺されるかもしれない恐怖と、ダークロードに見つかるかもしれない恐怖が彼を支配していた。唐突に、目も眩むような白い光線が、闇をジグザグに走った。セブルスの手から杖が吹き飛ばされ、彼はがっくりと膝をついた。
「殺さないでくれ!」
「私には、そんなつもりはない」
 ダンブルドアが姿現しした音は、枝を鳴らす風の音に飲み込まれた。セブルスの前に立ったダンブルドアは、ローブを身体のまわりにはためかせていた。
「さて、セブルス? ヴォルデモート卿が、私に何の伝言かな?」
「違う――伝言ではない――私は自分のことでここに来たのだ!」
 セブルスは両手を握り締めていた。覚悟を決めていた。黒い髪の毛が顔のまわりにバラバラにほつれて飛んだ。
「私は――警告に来た――いや、お願いに――どうか――」
 ダンブルドアは軽く杖を振った。二人の周囲では木の葉も枝も、吹きすさぶ夜風に煽られ続けてはいたが、ダンブルドアとセブルスが向かい合っている場所だけは静かな状態になった。
「デスイーターが、私に何の頼みがあると言うのじゃ?」
「あの――あの予言は――あの予測は――トレローニーの――」
「おぉ、そうじゃ。ヴォルデモート卿に、どれだけ伝えたのかな?」
「すべてを――聞いたことのすべてを! それがために、それが理由で――あの方は、それがリリー・エヴァンスだとお考えだ!」
「予言は、女性には触れておらぬ。七月の末に生まれる男の子の話じゃ――」
「あなたは、私の言うことがおわかりになっている! 『あの方』は、それがリリーの息子のことだとお考えだ。『あの方』はリリーを追いつめ――全員を殺すつもりだ――」
「彼女が、それほど大切なら――ヴォルデモート卿は、リリーを見逃してくれるに違いなかろう? 息子と引き換えに、母親への慈悲を願うことはできぬのか?」
「そうした――私は、お願いした」
「見下げ果てたやつじゃ」
 ダンブルドアの声には侮蔑がこもっていた。セブルスはわずかに身体を縮めた。
「それでは、リリーの夫や子どもが死んでも、気にせぬのか? 自分の願いさえ叶えば、あとの二人は死んでもいいと言うのか?」
 セブルスは何も言わず、ただ黙ってダンブルドアを見上げた。
「それでは、全員を隠してください。彼女を――全員を――安全に。お願いです」
「そのかわりに、私は何を得られるのじゃ、セブルス?」
「か――かわりに?」
 セブルスはしばらく黙ったあとに、言った。
「何なりと」
 しかし、リリーは亡くなった。ダークロードに殺されてしまった。それを聞いたセブルスは、呻き声を上げて泣いた。ぐったりと前屈みになって椅子に腰掛けたセブルスを、ダンブルドアが立ったまま、暗い顔で見下ろしていた。
「あなたなら――きっと――彼女を――守ると思った――」
「リリーもジェームズも、間違った人間を信用したのじゃ。同じように、セブルス。ヴォルデモート卿が、リリーを見逃すと期待しておったのではないかな?」
 セブルスは答えられなかった。
「リリーの子は、生き残っておる」と、ダンブルドアが言った。
 セブルスは、小さく頭をひと振りした。
「リリーの息子は、生きておる。その男の子は、彼女の目を持っている。そっくり同じ目だ。リリー・エヴァンスの目の形も色も、覚えておるじゃろうな?」
「やめてくれ! もう居ない――死んでしまった――」
「後悔か、セブルス?」
「私も――私も死にたい――」
「しかし、その死が、誰の役に立つというのじゃ? リリー・エヴァンスを愛していたなら、本当に愛していたなら、これからの道ははっきりしておる」
 セブルスは苦痛の霞の中を、じっと見透かした。ダンブルドアの言葉が届くまで、長い時間が必要だった。
「どう――どういうことですか?」
「リリーがどのようにして、なぜ死んだかわかっておるじゃろう。その死を、無駄にせぬことじゃ。リリーの息子を、私が守るのを手伝うのじゃ」
「守る必要などありません。闇の帝王は居なくなって――」
「――闇の帝王は戻って来る。そして、そのとき、ハリー・ポッターは非常な危険に陥る」
 長いあいだ沈黙が続き、セブルスは次第に自分を取り戻し、呼吸も整ってきた。ようやく彼が口を開いた。
「なるほど、わかりました。しかし、ダンブルドア、決して――決して明かさないでください! このことは、私たち二人のあいだだけにとどめてください! 誓ってそうしてください! 私には耐えられない――特にポッターの息子などに――約束してください!」
「約束しよう、セブルス。君の最も良いところを、決して明かさぬということじゃな?」
 ダンブルドアはため息をついた。
「君が、どうしてもと言うのであれば――」
 ダンブルドアによってセブルスは無罪となり、同年、ホグワーツの魔法薬学教師として迎えられた。
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