最初の一週間はホグワーツの動く階段や仕掛け扉に戸惑ったものの、一ヶ月後には迷わずに授業に行けるようになっていた。授業は楽しいものだった。特に魔法薬学の授業で、セブルスは才能を発揮した。スラグホーンは完璧なおできを治す薬だとセブルスを褒め、スリザリンに五点を与えた。反対にマダム・フーチの授業では、散々な目に遭った。セブルスは箒に乗れたものの、箒は言うことを聞かずセブルスを振り落とそうとした。その様子に女子たちが笑っていた。
 セブルスは一人で行動していた。上級生以上に闇の魔術に詳しいと知られたときから、セブルスは同級生たちに遠巻きにされていた。ただ一人、ルシウスだけがセブルスを気にかけてくれていた。
「セブルス」
 談話室で宿題をしていると、ルシウスに話しかけられた。顔を上げれば、彼は怪訝そうな顔をしていた。
「昼休みに君がグリフィンドール生と喧嘩していたが、あれは何が原因なんだ?」
「ああ――」
 セブルスは彼らを思い出し、自然と眉根が寄った。ポッターとブラックは、セブルスを見かけるたびに攻撃してくるようになった。その原因と言えば、一つしかない。
「――奴らは僕のことが気に入らないんだ」
「それだけの理由で君を攻撃するのか?」
 セブルスは頷いた。本当の理由は明かしたくなかった。ポッターがリリーを想っているのは一目瞭然で、リリーが自分と仲が良いことに嫉妬しているからだとは言えなかった(ブラックの場合はただの暇つぶしだろう)。
 リリーとはたまに、中庭で話をした。奴らがいないかどうか気にかけないといけないのは癪だったが、セブルスにとって、リリーと話す時間が何よりも大切だった。
「……君はポッターをどう思う?」
 一度、緊張気味に聞いてみたことがある。リリーはポッターの名を聞いた途端、顔をしかめた。
「嫌いだわ、傲慢で勝手で……あなたのことも攻撃するし」
 セブルスは安堵で口元を緩めた。リリーも自分と同じ見解を持っていることも嬉しかった。
 三年生になると、セブルスはリリー以外の友達を得た。マルシベールやエイブリーたちだ。薬草学の授業で話しかけられ、意気投合した。セブルスの闇の魔術についての知識を彼らは欲しているようだった。セブルスはそれでも構わなかった。少なくとも一人で授業を受けずに済むのは嬉しかった。しかし、リリーは彼らを良く思っていないようだった。
「あの人たちと付き合うなら、私、あなたと付き合うのをやめるわ」
 リリーが隣を歩きながらそう言い切った。セブルスは焦りながら口を開いた。
「――僕たちは、友達じゃなかったのか? 親友だろう?」
「そうよ、セブ。でも、あなたが付き合っている人たちの、何人かが嫌いなの! 悪いけど、エイブリーとかマルシベール! マルシベール! セブ、あの人のどこがいいの? あの人、ぞっとするわ! この間、あの人がメリー・マクドナルドに何をしようとしたか、あなた知ってる?」
 リリーは城の柱に近づいて寄り掛かり、こちらを覗き込んだ。
「あんなこと、何でもない。冗談だよ、それだけだ――」
「あれは『闇の魔術』よ。あなたが、あれがただの冗談だなんて思うのなら――」
「ポッターと仲間がやっていることは、どうなんだ?」
 セブルスが切り返した。憤りを抑えられず、顔に熱が集まるのを感じた。
「ポッターと、何の関係があるの?」
「夜こっそり出歩いてる。ルーピンてやつ、何だか怪しい。あいつはいったい、いつもどこに行くんだ?」
「あの人は、病気よ。病気だって皆が言ってるわ――」
「毎月、満月のときに?」
「あなたが何を考えているかは、わかっているわ」
 リリーが冷たい口調で言った。
「どうして、あの人たちにそんなにこだわるの? あの人たちが、夜何をしているかが、なぜ気になるの?」
「僕はただ、あの連中は皆が思っているほど素晴らしいわけじゃないって、君に教えようとしているだけだ」
「でもあの人たちは、闇の魔術を使わないわ」
 リリーは声を低くして言った。
「それに、あなたはとても恩知らずよ。この間の夜に何があったか聞いたわ、あなたは『暴れ柳』の傍のトンネルをこっそり下りて行って、そこで何があったかは知らないけれど、ジェームズ・ポッターがあなたを救ったって――」
 思い出すのも嫌な記憶だった。ブラックに唆され、叫びの館へ行ったところ、「何か」がいた。その「何か」に襲われそうになったところをポッターが助けたのだ。セブルスは吐き棄てるように言った。
「救った? 救った? 君はあいつが英雄だと思っているのか? あいつは自分自身と自分の仲間を救っただけだ! 君はそこに行ってない――僕は君にそんなことはさせない――」
「わたしに何をさせないの? 何を許さないの?」
 リリーの明るい緑色の目が、細い線になった。セブルスはすぐに言い直した。
「そういうつもりじゃ――ただ僕は、君が騙されるのを見たくない――あいつは、君に気がある。ジェームズ・ポッターは、君のことが好きなんだ!」
 セブルスの意に反した言葉が出てきた。ポッターに助けられた苦々しさと嫌悪感とで、支離滅裂になっていた。
「だけどあいつは、違うんだ――皆がそう思っているような――クィディッチの大物ヒーローだとか――」 リリーの眉がだんだん高く吊り上がっていった。
「ジェームズ・ポッターが、傲慢で嫌なやつなのはわかっているわ。あなたに言われるまでもないわ。でも、マルシベールとかエイブリーが冗談のつもりでしていることは――」
 セブルスは、今もリリーが自分と同じ印象をポッターに持っていることにほっとして、彼女の言葉を全て聞いていなかった。リリーとともに歩く彼の足取りは弾んだ。

「それ」が起きたのは、五年生のO.W.L試験――闇の魔術に対する防衛術――の後だった。
 セブルスが試験用紙に夢中で、ポッターたちの近くに座ったことに気づかなかったのが運の尽きだった。
 セブルスが用紙をしまって灌木の陰を出て、芝生を歩きはじめたとき、ポッターが大声で言った。
「スニベルス、元気か?」
 セブルスは素早く反応した。カバンを捨て、ローブに手を突っ込み、杖を半分ほど振り上げた。そのとき、ポッターが叫んだ。
「エクスペリアームス!」
 セブルスの杖が、十二フィートほど宙を飛んで、小さな音を立てて背後の芝生に落ちた。ブラックが吼えるような笑い声をあげた。
「インペディメンタ!」
 ブラックがセブルスに杖を向けて唱えた。セブルスは落ちた杖に飛びつく途中で、撥ね飛ばされた。
 セブルスは荒い息をしながら地面に横たわっていた。どうしようもない状況だった。ポッターとブラックが杖を上げて近づいてくるのがわかった。
「試験はどうだった? スニベリー?」
「俺が見てたら、こいつ、鼻を羊皮紙にくっつけてたぜ。大きな油染みだらけの答案じゃ、先生たちは一語も読めないだろうな」
 見物人の何人かが笑った。セブルスは起き上がろうとしたが、呪いがまだ効いていた。見えない縄で縛られているかのようにセブルスはもがいた。
「今に見てろ、覚えてろ!」
 セブルスは喘ぎながら、ポッターを睨みつけた。
「何を?」
 ブラックが冷たく言った。
「何をするつもりなんだ? スニベリー? 俺たちに鼻水でも引っかけるつもりか?」
 セブルスは悪態と呪いを一緒くたに、次々と吐きかけたが、杖が十フィートも離れていては何の効き目もなかった。
「口が汚いぞ――スコージファイ!」
 たちまちセブルスの口から、ピンクのシャボン玉が吹き出した。泡で口が覆われ、セブルスは吐き、咽せた――「一人にしてあげて!」
 リリーだった。一番見られたくない姿を見られてしまった。セブルスは羞恥で顔を赤くした。
「元気かい、エヴァンス?」
 ポッターの声が突然、快活で、深みのある大人びた調子になった。
「彼にかまわないで。彼が、あなたに何をしたというの?」
「そうだな……むしろ、こいつが存在するって事実そのものがね。わかるかな――」
 取り巻いている学生の多くが笑った。ブラックもワームテールも笑った。しかし、リリーは笑わなかった。
「冗談のつもりでしょうけど。でも、ポッター、あなたはただ、傲慢で弱い者いじめの嫌なやつだわ。彼にかまわないで」
「エヴァンス、僕とデートしてくれたらやめるよ。どうだい――僕とデートしてくれれば、親愛なるスニベリーには二度と杖を上げないけどな」
『妨害の呪い』が切れてきた。セブルスは泡を吐き出しながら、落とした杖のほうに這って行った。今のうちだ、今のうちに杖を取らなければ――
「あなたと巨大イカのどちらかを選ぶことになっても、あなたとはデートしないわ」
「残念だったな、プロングズ」
 ブラックは朗らかにそう言うと、セブルスのほうを振り返った。
「オッと!」
 セブルスは杖を真っ直ぐにポッターに向けていた。閃光が走り、ポッターの頬が裂け、ローブに血が滴った。ポッターが回転して向き合うと同時に二度目の閃光が走り、セブルスは空中に逆さまに浮かんでいた。ローブが顔に覆い被さり、両足と下着が露になっているのを感じた。セブルスはこの状況をどうにかできないかともがいたが、何も出来なかった。
 小さな群れをなしていた生徒たちの多くが、囃し立てた。ブラック、ポッター、ワームテールは大声で笑った。
 リリーが「下ろしなさい!」と言った。
 セブルスはもみくちゃに丸められたように地面に落とされた。絡まったローブから体勢を立て直すと、素早く立ち上がって杖を構えた。しかし、シリウスが「ペトリフィカス・トータラス!」と唱えると、セブルスはまた転倒して、一枚板のように固くなった。
「彼にかまわないでって言ってるでしょう!」
 リリーが叫び、杖を取り出した。
「ああ、エヴァンス、君に呪いをかけたくないんだ」
「それなら、呪いを解きなさい!」
 ポッターは、深いため息をつき、セブルスに向かって反対呪文を唱えた。
 セブルスがようやく立ち上がると、「ほーら」と、ポッターが言った。「スニベルス、エヴァンスが居合わせて、幸運だったな――」
「あんな汚らしい『穢れた血』の助けなんか、必要ない!」
 言ってしまった、と気づいたときには遅かった。
「結構よ」
 リリーは冷静に言った。
「これからは邪魔しないわ。それに、スニベルス、パンツは洗濯したほうがいいわね」
 それからのことは口に出したくもない。
 セブルスはその夜、リリーに謝ろうとファット・レディの前で彼女を待った。グリフィンドールのメアリーに何をしているのか尋ねられ、「エヴァンスを連れてきてくれ」とセブルスは言った。
「彼女が来るまでここで夜を明かす」
 メアリーは可哀想な、同情するような目でこちらを見ると、談話室へ去っていった。しばらくして、部屋着姿のリリーが出てきた。彼女を見た途端、セブルスは立ち上がった。
「許してくれ」
「聞きたくないわ」
「許してくれ!」
「言うだけ無駄よ」
 リリーは冷たく言った。
「メアリーが、あなたがここで夜明かしすると脅してるって言うから、来ただけよ」
「そのとおりだ。そうしたかもしれない。決して君を『穢れた血』と呼ぶつもりはなかった。ただ――」
「口が滑ったって言うの? もう遅いわ。私は何年も、あなたのことを庇ってきた。私があなたと口を利くことさえ、どうしてなのか、私の友達は誰も理解できないのよ。あなたの大切なデスイーターのお友達のこと――ほら、あなたは否定もしない! あなたたち全員がそれになろうとしていることを、否定もしない! 『例のあの人』の一味になるのが待ち遠しいでしょうね?」
 セブルスは口を開きかけたが、何も言わずに閉じた。
「私にはもう、自分に嘘はつけないわ。あなたはあなたの道を選んだし、私は私の道を選んだのよ」
「お願いだ――聞いてくれ。僕は決して――」
「――私を『穢れた血』と呼ぶつもりはなかった? でも、セブルス、あなたは私と同じ生まれの人全部を、『穢れた血』と呼んでいるわ。どうして、私だけが違うと言えるの?」
 セブルスは、何か言おうとしたが言葉が出てこなかった。リリーは軽蔑した顔でこちらに背を向け、肖像画の通路を通って談話室へと戻って行ってしまった。肖像画の閉まる音が静かな廊下に響いた。セブルスはすべてを――リリーとの友情も、何もかもを失った。
 それからセブルスは、闇の魔術に没頭した。リリーのことを忘れるかのように没頭し、卒業後にはマルシベール達とデスイーターになった。
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