少年――セブルスは泣いていた。
 地下の倉庫で両手で耳を塞ぎ、泣いていた。塞いでもなお聞こえてくる父の怒鳴り声が、怖くて仕方がなかった。なぜ父は、母を攻撃するのか。なぜ魔法も何もかもを気に食わないのか。セブルスは答えがわからず、それがより彼を不安にさせた。
 地下の暗がりだけが、自分に寄り添ってくれる唯一の存在だった。闇は自分も父という存在も隠してくれるような錯覚を起こした。暗がりにいる時だけ、セブルスは自由になれた。ホグワーツ魔法魔術学校へ入学した後の自分を想像したり、初めて習う魔法は何か、母の言葉を思い出して予想したりした。セブルスの気持ちはすでにこの家を離れ、自分のいるべき場所へと向かっていた。自分が魔法使いだという事実がセブルスを励まし、希望を持たせた。
 だからこそ、自分と同じ魔法使いを見つけた時、セブルスは喜んだ。家から少し歩いた距離にある公園に、その少女はいた。ブランコをどんどん高く漕いでいる少女を、セブルスは潅木の茂みからじっと見ていた。
「リリー、そんなことしちゃダメ!」
 もう一人の少女が、金切り声を上げた。
 しかしリリーと呼ばれた少女は、ブランコが弧を描いたいちばん高いところで手を離して飛び出し、大きな笑い声を上げながら、上空に向かって文字どおり空を飛んだ。そして遊び場のアスファルトに墜落することもなく、異常に長い間空中にとどまり、不自然なほど軽々と着地した。セブルスは自然と顔がほころぶのを感じた。
「ママが、そんなことしちゃいけないって言ったわ!」
 もう一人の少女はサンダルの踵でブランコにブレーキを掛け、ぴょんと立ち上がって腰に両手をあてた。
「リリー、あなたがそんなことするのは許さないって、ママが言ったわ!」
「だって、私は大丈夫よ」
 リリーはまだクスクス笑っていた。
「チュニー、これ見て。私、こんなことができるのよ」
 もう一人の少女は、ちらりと周りを見た。魔法がいけないことだと思っているかのようだった。リリーは、自分が潜む茂みの前に落ちている花を拾い上げた。花は彼女の手のひらの中で、唇の多い奇妙な牡蠣のように、花びらを開いたり閉じたりしていた。
「やめて!」
 もう一人の少女は叫んだ。
「あなたに悪さはしてないわ」
 リリーはそう言うと、手を閉じて、花を放り投げた。
「いいことじゃないわ」
 もう一人の少女はそう言いながらも、飛んでいく花を目で追い、地面に落ちた花をしばらく見ていた。
「どうやってやるの?」
 マグルの少女は明らかにうらやましがっていた。セブルスは我慢ができなくなり、茂みの陰から彼女たちの方へ踏み出した。
「わかりきったことじゃないか?」
 マグルの少女は悲鳴を上げてブランコのほうに駆け戻った。しかしリリーは、明らかに驚いてはいたが、その場からは動かなかった。セブルスは姿を現したことを後悔した。リリーの澄んだ緑の瞳がこちらを向いていると思うだけで、否応なく緊張した。顔に熱が集まるのを感じる。
「わかりきったことって?」
 リリーが尋ねた。
 セブルスは彼女が自分と話してくれたことに興奮し、落ち着きを失いつつあった。ブランコの脇をうろうろしているマグルの少女にちらりと目をやりながら、彼女に聞こえないよう声を落として言った。
「僕は、君が何だか知っている」
「どういうこと?」
「君は――君は魔女だ」
 リリーは侮辱されたような顔をした。
「そんなこと、他人に言うのは失礼よ!」
 リリーはこちらに背を向け、つんと上を向いて、マグルの少女のほうへ歩いて行った。
「違うんだ!」
 セブルスはリリーを追い掛けた。
「君はほんとに、そうなんだ」
 セブルスはもう一度リリーに言った。この機会を逃せばもう話せなくなってしまうかもしれない。セブルスは必死だった。
「君は魔女なんだ。僕はしばらく君のことを見ていた。でも、何も悪いことじゃない。僕のお母さんも魔女で、僕は魔法使いだ」
 マグルの少女が冷たい笑みを浮かべた。
「魔法使い! 私はあなたが誰だか知ってるわ。スネイプって子でしょう! この人たち、川の近くのスピナーズ・エンドに住んでるのよ。どうして、私たちのことを見張っていたの?」
「見張ってなんかない」
 セブルスは低い声で言った。スピナーズ・エンドは確かに薄汚れたところだが、この少女が自分の住む場所を良くない場所のように言ったことに腹が立っていた。
「どっちにしろ、おまえなんかを見張ったりしない……おまえはマグルだ」
 マグルの少女はその言葉がわかっていないようだったが、セブルスの声の調子を聞き違えることはなかった。
「リリー、行きましょう。帰るのよ!」
 マグルの少女が甲高い声で言った。リリーはすぐに従い、去り際にこちらを睨みつけた。遊び場の門をさっさと出て行く姉妹を、セブルスは目で追った。セブルスの胸には苦い失望が広がっていた。どうしてかっとなって、あんなことを言ってしまったのだろう。リリーと仲良くなるためには、どうしたらいいのだろう。
 セブルスは家に帰り、一晩考えた。集中して考えていたため、父の怒鳴り声もさほど気にならなかった。そしてある結論に至った。
 翌日もよく晴れていた。セブルスはいつものように上着を着て、リリーたちのいる公園へ向かった。自分が話しかけたせいで公園にいない可能性もあったため、ブランコを漕ぐリリーの姿を見つけたときは嬉しかった。幸いマグルの少女の姿はなかった。
「……やあ」
 セブルスはリリーに話しかけた。リリーはブランコを止めこちらを睨んだ。
「何しに来たの? 私が魔女だってまた言うつもり?」
 セブルスはその強いまなざしに怯みそうになったが、今度はきちんと計画しているため落ち着いて言った。
「ああ、そうだ。君は魔女だ……そして僕も魔法が使える」
 セブルスは辺りに誰もいないことを確認すると、茂みの下に落ちていた花を手に取った。それをリリーに近づけ、昨日彼女がしたように花を開いたり閉じたりさせた。リリーは驚いたように花と自分を交互に見た。
「あなたも同じことができるの!?」
「ああ、魔法使いだから」
 セブルスは自分の計画がうまくいったことに、心の中で喜んだ。
「……じゃあ、私は本当に魔女なの?」
「そうさ、昨日言ったことは本当なんだ。君も僕も魔法が使える」
 リリーはブランコから立ち上がった。喜んでいいのかどうか迷っているような表情だった。
「魔法が使えるのって、その、悪いこと?」
「悪いことじゃない」
 セブルスは自分に言い聞かせるように言った。父は魔法を毛嫌いし、悪いことのように言うが、それは間違っている。
「何も悪いことじゃない。人に危害を加えたりしない限りは」
 リリーは安堵の表情を浮かべた。
「よかった……」
「むしろ良いことだよ。魔法が使えるのはほんの一握りなんだ。僕たちは特別なんだよ」
「ほんとに?」
 リリーは笑った。初めて見せる自分への笑みだった。セブルスは顔が熱くなるのを感じた。
「でも魔法を、他の魔法が使えない人たちに見せびらかすのはいけないことなんでしょ?」
「ああ、あんまりよくない。法律でも禁止されてるんだ」
「法律? 魔法に関する法律があるの?」
「マグルの――魔法が使えない人たちをマグルっていうんだけど――法律とは違って、魔法界にも法律があるんだ」
「そうなの!?」
 リリーは驚いていた。
「あなた、詳しいのね……名前は何て言うの? 私はリリーよ、リリー・エヴァンス」
 名前はとうに知っていたとは言えず、セブルスは応えた。
「僕はセブルス・スネイプ」
「スネイプ? じゃあ昨日チュニーが言ってたことは本当だったの?」
「……そうだ」
 リリーはスピナーズ・エンドに住む自分を軽蔑するだろうか。セブルスは心配しながらも頷くと、リリーは特に気にする様子もなく「ふーん」と言った。
「セブルス、私にもっと魔法のこと教えて! 禁じられてることとか、いろいろ」
「もちろんさ」とセブルスは頷いた。リリーと普通に話せるだけでも嬉しいのに、彼女はもっと自分と話したいと言ってくれている。こんなに気分が高揚したのは初めてだった。
 それから二人は公園の中にある、低木の小さな茂みの中でいろいろな話をした。魔法界のこと、ホグワーツのこと、互いの家族のこと。不思議とリリーには自分の家庭のことを隠さずに言えた。彼女がすべて包み込むような寛容さを持っているからだろうか。
「――それで魔法省は、誰かが学校の外で魔法を使うと、罰することができるんだ。手紙が来る」
「でも私、もう学校の外で魔法を使ったわ!」
「僕たちは大丈夫だ。まだ杖を持ってない。まだ子供だし、自分ではどうにもできないから許してくれるんだ。でも、十一歳になったら――そして、訓練を受けはじめたら、そのときは注意しなければいけない」
 二人ともしばらく沈黙した。リリーは小枝を拾って、空中にくるくると円を描いた。杖を想像しているのだろう。それからリリーは小枝を落とし、こちらに顔を近づけて言った。
「本当なのね? 冗談じゃないのね? ペチュニアは、あなたが私に嘘をついてるんだって言うの。ホグワーツなんかないって言うの。でもほんとなのね?」
「僕たちにとっては、本当だ。ペチュニアには来ない。でも、僕たちには手紙が来る。君と僕に」
「そうなの?」
 リリーが小声で言った。
「絶対だ」
「それで、本当にふくろうが運んでくるの?」
「普通はね。でも君はマグル生まれだから、学校から誰かが来て、君のご両親に説明しないといけないんだ」
「何か違うの、マグル生まれって?」
 セブルスはためらった。魔法界では純血が尊重されることは、本を読んで知っている。しかしリリーを前にしてそんなことは言えなかった。
「いいや――何も違わない」
「よかった」
 リリーは緊張が解けたように言った。ずっと心配していたのだろう。
「君は魔法の力をたくさん持ってる。僕にはそれがわかったんだ。ずっと君を見ていたから――」
 セブルスは小声でそう付け加えた。リリーをちらと見ると、彼女は聞いていなかった。緑豊かな地面に寝転んで身体を伸ばし、頭上に覆いかぶさった木の葉を見上げていた。セブルスは熱のこもった眼差しでリリーを見つめた。
「お家の様子はどうなの?」
 唐突な質問にセブルスは眉をひそめた。そのことについてはあまり考えたくなかった。
「大丈夫だ」
「ご両親は、もう喧嘩していないの?」
「そりゃ、してるさ。あの二人は喧嘩ばかりしてるよ。だけど、もう長くはない。僕はいなくなる」
「あなたのパパは、魔法が好きじゃないの?」
「あの人は何にも好きじゃない、あんまり」
「セブルス?」
 リリーに名前を呼ばれるたび、何とも言えない幸福な気分になる。
「何?」
「ディメンターのこと、また話して」
「何のために、あいつらのことなんか知りたいんだ?」
「もし私が、学校の外で魔法を使ったら――」
「そんなことで、誰も君をディメンターに引き渡したりはしないさ! ディメンターというのは、本当に悪いことをした人のためにいるんだから。魔法使いの監獄、アズカバンの看守をしている。君がアズカバンになんか行くものか。君みたいに――」
 セブルスは言葉を切った。自分は何を言おうとしているのだろう。熱が顔に上るのを感じながら、かなりの葉をむしった。すると、後ろで小さな音がした。振り向くと木の陰に隠れていたペチュニアが、足場を踏み外したところだった。
「チュニー!」
 リリーは驚きながらも嬉しそうだった。しかし、セブルスは弾かれたように立ち上がった。
「今度はどっちがスパイだ? 何の用だ?」
 ペチュニアは見つかったことに愕然として、息もつけない様子だった。
「あなたの着ている物は、いったい何?」
 ペチュニアはスネイプの胸を指差して言った。
「ママのブラウス?」
 ボキッと音がして、ペチュニアの頭上の枝が落ちた。リリーが悲鳴を上げた。枝はペチュニアの肩に当たり、ペチュニアは後ろによろけてワッと泣き出した。
「チュニー!」
 ペチュニアはもう走り出していた。リリーはセブルスに喰って掛かった。
「あなたのしたことね?」
「違う」
 セブルスはとっさに嘘をついた。
「あなたがしたのよ!」
 リリーはこちらを向いたまま、後退りしはじめた。
「そうよ! ペチュニアを痛い目に遭わせたのよ!」
「違う、僕はやっていない!」
 しかし、リリーは納得しなかった。激しい目つきでこちらを睨みつけ、リリーは小さな茂みから駆け出して、ペチュニアを追った。セブルスは惨めな、混乱した顔でそれを見送った。
 リリーは頑固だった。公園で話しかけても彼女はぷいとそっぽを向き、公演を出ようとした。その背中に謝れば、「ペチュニアに謝るべきでしょ?」と不機嫌な顔で言った。しかしセブルスはペチュニアに謝る気がなかった。だって最初にセブルスを悪く言ったのはペチュニアだ。セブルスはそれに応じただけで何も悪くはないと思っていた。
 しかし、このまま仲が戻らないというのは避けたかった。ある日、セブルスは彼女の家を訪れた。仲良くなり始めた頃から、セブルスはリリーに家を案内されていたため、どこにあるか知っていた。インターホンを押す。彼女の両親が出たら、ペチュニアが出たらどうしようかと思ったが、天はセブルスに味方してくれた。深い色の赤毛に鮮やかな緑の瞳を持つリリーが現れた。
「……どうしたの?」
 リリーはまだセブルスを許していないようで、不機嫌そうに言った。セブルスはこう答えた。
「ペチュニアに謝ろうと思って来たんだ」
 リリーの顔がほころんだ。久しぶりの笑みにセブルスの胸は高鳴った。
「ほんと? でも残念、ペチュニアは出かけてるわ……上がってく?」
 思いがけない誘いに、セブルスは舞い上がるような気分で頷いた。
「パパとママは仕事でいないの。ペチュニアは待ってれば来るはずよ」
 リリーはセブルスに自分の家を紹介したいらしく、一部屋一部屋見て回った。リビング、キッチン、お風呂場、トイレ。掃除が行き届いているらしく、セブルスの家と比べものにならないほど綺麗だった。そして二階へ案内される。
「ここがペチュニアの部屋よ」
 先にリリーの部屋を見たかったが、リリーはそうしなかった。セブルスは中に入ることはせず(マグルの部屋になど興味はない)、「そうなんだ」と言って済まそうとした。しかし、その机の上に蝋で閉じられた封筒があるのを見つけた。もしやと思いセブルスは部屋に入った。
「あ、だめよセブルス! 勝手に入るなって言われてるの」
 リリーはそう言って慌ててやってきたが、セブルスの手にある封筒を見て黙った。
「それは……?」
「ホグワーツからの手紙だ。蝋にホグワーツの印がされてる……どうやってマグルがホグワーツに手紙を送ったんだろう?」
 幸い手紙は開封済みだったため、セブルスは中身を取り出した。リリーは好奇心が勝ったのか、咎めることはしなかった。
 手紙にはペチュニアはホグワーツには入れないということが、丁寧に記されていた。署名はアルバス・ダンブルドア。ホグワーツの校長だ。
「……ペチュニアはホグワーツに入りたかったのね」
「そうみたいだ……普通魔法界の手紙はふくろうで送るんだけど――きっと郵便局にマグルに変装した魔法使いがいるんだ、だから手紙はダンブルドア先生に届いたんだ!」
 ペチュニアの手紙を見たことは、彼女には秘密にしておこうということになった。
 最後にリリーの部屋を案内される。彼女の部屋のドアを開けるとふわりと花の香りがした。リリーの香りだ。彼女の部屋は綺麗に片付けられ、棚に置かれたぬいぐるみが女の子らしさを醸しだしていた。
 セブルスは中に入ろうとしたが、リリーが許さなかった。
「入っちゃだめ、いろいろ隠してるのがあるから……」
「何を隠してるんだい?」
「おもちゃとかバービーとか、いろいろ」とリリーは恥ずかしそうに言った。子供っぽいものが部屋にあることが恥ずかしいのだろう。セブルスはそれをかわいく思った。
 リリーはペチュニアを待つようセブルスに言ったが、セブルスは彼女に謝る気がさらさらなかったため、適当に訳を作って彼女の家を出た。手を振るリリーに振り返す。よかった、これできっと仲は元通りだ。勇気を出して来て良かったとセブルスは思った。

 その一週間後にはふくろうが来た。ホグワーツからの手紙にセブルスは浮き足立った。母親と共にダイアゴン横丁で必要品を買い、始業式当日に九と四分の三番線で列車を待った。
 セブルスはリリーの姿を探し、そして見つけた。リリーとペチュニアが、両親と思しき男女から少し離れて立っていた。リリーが何か訴えているようだった。
「――ごめんなさい、チュニー、ごめんなさい! ねえ――」
 リリーはペチュニアの手を取って、引っ込めようとする手をしっかりと握った。
「たぶん、私がそこに行ったら、ねえ聞いてよ、チュニー! たぶん、私がそこに行けば、ダンブルドア先生のところに行って、気持ちが変わるように説得できると思うわ!」
「私――行きたく――なんかない!」
 ペチュニアは、握られている手を振りほどこうとして引いた。
「私がそんな、馬鹿ばかしい城なんかに行きたいわけないでしょ。何のために勉強して、わざわざそんな――私がなんでそんな――奇人になりたいってわけ?」
 ペチュニアが手を振りほどくと、リリーは目に涙を溜めていた。
「私は奇人じゃないわ。そんなひどいことを言うなんて」
「あなたはそういうところに行くのよ」
 ペチュニアはリリーの反応を楽しむかのように言った。
「奇人のための特殊な学校。あなたも、あのスネイプって子も――変な者同士。二人ともそうなのよ。あなたたちが、まともな人たちから隔離されるのはいいことよ。私たちの安全のためだわ」
 リリーも言われてばかりではなかった。彼女はペチュニアを振り返り、低く険しい口調で言った。
「あなたは変人の学校だなんて思ってないはずよ。校長先生に手紙を書いて、自分を入学させてくれって頼み込んだんだもの」
 ペチュニアは真っ赤になった「頼み込む? そんなことしてないわ!」
「私、校長先生のお返事を見たの。親切なお手紙だったわ」
「読んじゃいけなかったのに――私のプライバシーよ――どうしてそんな――?」
 リリーはちらりとこちらを見た。ペチュニアが息を呑んだ。
「あの子が見つけたのね! あなたとあの男の子が、私の部屋にこそこそ入って!」
「違うわ! こそこそ入ってなんかない――セブルスが封筒を見たの。それで、マグルがホグワーツと接触できるなんて信じられなかったの。それだけよ! セブルスは郵便局に、変装した魔法使いが働いているに違いないって言うの。それで、その人たちがきっと――」
「魔法使いって、どこにでも首を突っ込むみたいね! 変わり者!」
 ペチュニアはリリーに向かって吐き捨てるように言うと、これ見よがしに両親の居るところへと戻って行った。リリーは一人、涙を浮かべていた。ホグワーツに行けないマグルが嫉妬して言った言葉だ。なのにどうして悲しんでいるのだろう。セブルスにはわからなかった。自分たちの方が、マグルよりも優れているのに。
 ホグワーツ特急の窓の外で緑の田園風景が広がるころ、学校のローブに着替えたセブルスは列車の通路を急ぎ足で歩いていた。リリーはどのコンパートメントにいるのだろう。それぞれの窓から中を見てリリーを探し、ようやく見つけた。騒々しく騒ぐ少年二人の隣で、身体を丸めて彼女は座っていた。顔を窓ガラスに押しつけていた。
 セブルスはコンパートメントの扉を開け、リリーの向かいに腰掛けた。リリーはちらりとこちらを見たが、また窓に視線を戻した。彼女の目は涙に濡れていた。
「あなたとは話したくないわ」
 リリーが声を詰まらせて言った。「どうして?」
「チュニーが私を、に――憎んでいるの。ダンブルドアからの手紙を私たちが見たから」
「それがどうしたって言うんだ?」
 リリーは自分なんて大嫌いだという目でこちらを見た。
「だって私たち、姉妹なのよ!」
「あいつはただの――」
 セブルスは素早く自分を抑えた。幸いリリーは、その言葉を聞いてはいなかった。
「だけど、僕たちは行くんだ!」
 セブルスは興奮が押さえきれなかった。
「とうとうだ! 僕たちはホグワーツに行くんだ!」
 リリーは目を拭いながら頷き、微笑んだ。リリーが少し明るくなったことに勇気づけられて、「君はスリザリンに入ったほうがいい」とセブルスは言った。
「スリザリン?」
 同じコンパートメントの少年の一人が、その言葉で振り返った。その少年は細身でセブルスと同じ黒髪だったが、服装はちゃんとしていてセブルスとは違い、裕福そうな子供だった。
「スリザリンになんか誰が入るか! そんなことになったら退学するよ、そうだろう?」
 彼は自分の隣で、背もたれにゆったりともたれ掛かっている少年に問い掛けた。この少年も黒髪で、整った顔をしていた。彼はにこりともせずに言った。
「俺の家族は、全員スリザリンだった」
「驚いたなあ……だって君はまともに見える!」
 隣の少年がにやりと笑った。
「たぶん、俺が伝統を破るだろう。君は選べるとしたらどこに行く?」
 裕福そうな少年は、見えない剣を捧げ持つ格好をした。
「『グリフィンドール、勇気ある者が住まう寮!』。僕の父さんのように」
 セブルスは思わず鼻を鳴らした。裕福そうな少年は、こちらに向き直った。
「文句があるのか?」
「いや」
 セブルスは笑いを隠すことが出来なかった。グリフィンドールがいいなんて、本気で言っているのだろうか。
「君が、頭脳派より肉体派がいいのならね――」
 君はどこに行きたいんだ? どっちでもないようだけど」
 隣の少年が口を挟んだ。裕福そうな少年が大笑いした。セブルスは怒りで顔に熱を感じた。リリーもまた顔が赤くなっていた。彼女は大嫌いという顔で隣の少年と裕福そうな少年を交互に見た。
「セブルス、行きましょう。別なコンパートメントに」
「オオオオオオ――」
 二人の少年がリリーのつんとした声を真似した。セブルスが通るとき、裕福そうな少年は足を引っ掛けようとした。むっとしてセブルスがそちらを睨めば、彼は嫌な笑みを浮かべながら言った。
「またな、スニベルス!」
 リリーがコンパートメントの扉を閉めた。
「ほんと、嫌な人達だわ! セブルスを悪く言うなんて……それにスニベルスだなんて! あの人たちとは同じ寮になりたくないわ」
「ああ、僕もだ。あいつらと同じ寮になるくらいならアズカバンを選ぶね」
 二人は空いているコンパートメントを探し、先程のいけ好かない少年たちについて愚痴ったり、どの寮になるか考えたりした。そのうちに列車はホグワーツに到着した。
 待ちに待った瞬間だった。セブルスとリリーは一年生を先導する教師の後に続き、山道を通り黒い湖を渡った。そうして見えた荘厳な城に、セブルスは圧倒された。ここホグワーツでずっと学びたかった魔法が学べるのだ。セブルスは期待に胸をふくらませた。願わくばスリザリンに入って、闇の魔術を学びたい。そして――リリーも同じくスリザリンになるといい。そう思っていたが、現実は上手くいかなかった。
「グリフィンドール!!」
 組み分け帽子は深みのある赤い髪に触れた瞬間、一秒とかからずに叫んだ。セブルスは思わず呻き声を漏らした。まさか一番嫌な寮になるなんて。リリーは歓迎に沸くグリフィンドール生の席に急いだが、その途中でこちらを振り返った。彼女は悲しげな微笑を浮かべていた。リリーもまたグリフィンドールになったことを嘆いているのだ。
 それからマクドナルド、ルーピンと名前が呼ばれていき、とうとうセブルスの名前が呼ばれた。
 セブルスが帽子を頭に被ると、リリーと同じように瞬間的に、「スリザリン!」と帽子が叫んだ。セブルスは大広間の反対側に移動し、スリザリン生の歓迎に迎えられた。席に座ると、隣にいた監督生と思しき青年に背中を軽く叩かれた。
「おめでとう! 僕は監督生のルシウス・マルフォイだ。よろしく」
 セブルスはその名字に聞き覚えがあった。そうだ、本で読んだのだ。マルフォイは純血の名家として有名な一族だと。
「……よろしく」
 セブルスはその手を握った。リリーとは離れてしまったが、念願のスリザリンに入ることができた。喜びと悲しみが彼の心に混在していた。
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