愛らしい眩暈

 衣擦れの音で、ララは目を覚ました。瞬きしながら横を向くと、ロビンがちょうど着替えているところだった。目が合うと、彼女はスカートのチャックを上げながら申し訳なさそうな顔をした。
「あら、起こしちゃったかしら。ごめんなさい」
「ううん……もう起きる時間だろうし」
 ベッド脇の時計を見れば、時刻は6時半。ナミの姿がないので、たぶんもうダイニングにいるのだろう。
「昨日は不寝番だったんでしょう? もう少し眠っていたらいいわ」
「いいよ、ちょっとおなかすいてるし」
 それに、調理しているときのサンジをできるだけ見たいから。心の中でそう呟いて、起き上がる。キッチンに立つサンジはいつになく楽しげで、料理を振る舞うのが好きなのだと彼の上がった口角や踊るように材料を扱う手先から感じられる。ララは楽しそうな彼を見るのが好きだった。好きな人が、好きなことをしているときの上機嫌な姿を、嫌いだという人はたぶん、この世にいないはずだ。
 ベッドから出て、共同のクローゼットから服を取り出すと、ふあ、と欠伸がでた。九蛇海賊団にいるときから見張り番はたびたびしていたが、一晩眠らなければやはり眠いものは眠い。きっとこれからも慣れることはないだろう。飲み物を持ってきてくれた、サンジの突然の来訪も。
 寝巻きから着替えていると、ベッドに座ったロビンに尋ねられた。
「その服、サンジに選んでもらったの?」
「そうだよ」
「ララに似合っていて、とても可愛いわ」
 ありがとう、とララははにかむ。自分でも選んでもらった服を気に入っていたが、同じ女性から褒められると一層この服が好きになる。
「全部サンジが選んだの?」
「うん、ほとんどそうだけど、一着だけ私が選んだのがあるよ」
「あら、どの服?」
 これ、とクローゼットからドレスを取り出す。スリットが深く入り、体の線が出る赤のドレスだ。
「セクシーなドレスね」
「そうでしょ、こういう服に憧れがあって……姉様がよく、こういうのを着てたの。ここから見える長い脚で敵をバタバタ倒して……すごくかっこよくて綺麗なの!」
 姉の姿が浮かんで、思わず熱がこもる。ロビンは笑みを浮かべた。
「そう。ララは本当にお姉さんを尊敬してるのね」
「うん! 姉様だけでなく、ソニア姉様も、マリー姉様も私より強くて、尊敬してるよ。姉さん達くらい強くなって、いつか、この服を自信を持って着れたらいいな……」
「きっと、着られる日が来るわ」
 ロビンは優しく微笑んだ。ララは、彼女の包み込むような笑みが好きだ。安心させるような、大人びた笑み。
「ありがとう……なんか、ロビンにそう言ってもらえると、本当にその日が来るって信じられるよ」
 しみじみと呟く。
「あら、自分が自分を信じないと、その日は絶対にやってこないわ」
「そういうもの?」
「そういうものよ……着替え終わったし、ダイニングに行きましょうか」
「うん」
 立ち上がったロビンに続いて、部屋を出た。ダイニングのドアを開けると、パンの香ばしい匂いや、ミネストローネの美味しそうな香りが鼻腔をくすぐる。味を見ていたキッチンの主は、こちらを振り返って微笑んだ。
「おはよう、ララちゃん、ロビンちゃん」
「おはよう」
「おはよ、サンジ」
 挨拶してテーブルにつく。ダイニングにはナミの姿はなく、ロビンと二人だけだった。甲板にも姿はなかったから、ナミはきっと、測量室で地図を描いているか、図書室で次に着く島の情報を探しているのだろう。麦わら海賊団の航海士として舵取りをするナミは、その責任を全うするために人知れず努力している。それはナミだけではなくこの海賊団全員に言えることで、ララはそれを感じるたび自分も頑張らなければと身が引き締まる。
 煮立ったスープの音、油のはじける音、陶器たちが触れあう音。ララはこの音たちを聞くのも好きだ。サンジが生み出す心地よい音に耳を傾けていると、いつの間にか皆ダイニングに揃っていた。
「サンジ、メシーー!」
「今持ってくから待ってろ」
 ルフィの言葉にそう返し、サンジは皿をトレーに乗せる。ララは手伝おうと立ち上がった。
「持ってくよ」
「お、ありがとう、ララちゃん。これは重いから、そっち持ってってもらってもいいかい?」
 サンジは大きなトレーではなく、スプーンなど小さなものを乗せたトレーを指した。これは『女の子扱い』というものだ。何でも、サンジにとって女は守るべき存在で、どうしてもそう扱ってしまうようだった。女は守られるほど弱い存在ではないと、最初は怒りを感じたものの、昔からそう教育されていたようで、すっかり身に染み付いているのだそうだ。なら仕方ないかと、今ではララもその扱いを受け入れている。
 数々の料理がテーブルに並んでいく。うまほー、と目を輝かせるルフィたちに、サンジは食っていいぞと笑った。
「いただきます」
 手を合わせ、皆一斉に挨拶する。そして、それぞれフォークを手に取った。取り皿に食べる分をよそい、ひと口食べる――うん、やはり美味しい。
「美味いかい?」
 すっと隣に立ったサンジが、コップにジュースを注ぎながら言う。ララはにっこりと笑った。
「うん、すごく美味しい! ジュースありがとう」
「そりゃよかった」とサンジも笑う。料理を作っている時の楽しそうな笑みもいいけれど、この照れのある嬉しそうな笑みも大好きだ。結局、サンジの生み出すもの、サンジを形作るものすべてが好きなんだな、とララはあらためて認識した。
「……どうした、ララ? なんか顔がデレってしてるぞ?」
 サンジがルフィたちの方に去った時、向かいに座るチョッパーが、不思議そうに言った。
「えっ!?」
 そんな顔してるだろうか。慌てて顔を抑えると、隣でナミが笑った。
「抑えても無駄よ。幸せですって顔に出てるわ」
「ええっ!?」
 そんなわかりやすい?と聞くと、ナミとチョッパーは同時に頷いた。恥ずかしさで顔に熱が集まる。デレっとした顔をしてたら、サンジにも引かれてしまう。そう呟くと、右隣のロビンが楽しそうに笑った。
「大丈夫よ、そんなララも可愛いわ」
「そうだといいけど……」
「ま、サンジ君はよほどのことがない限り、女の子に引いたりしないから、大丈夫」
 本当かな、と思いながら、キッチンでおかわりをよそうサンジをちらと見る。その横顔はいつもの煙草を吸っている時のサンジより幼く見えた。やっぱり好きだなあと思っていると、ナミ達が吹き出した。
「えっ、何? また私変な顔してた?」
「してたしてた、あんたわかり易すぎるわ」
 ナミの言葉にショックを受ける。そんなに顔に出てるのだろうか。今後は気をつけようと、ララは心に誓った。
 
 20190517
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