ひみつの銀河をほどく

 多くの人々が石畳の道を行き交い、人を呼ぶ商売人の声があちらこちらで聞こえてくる。ララが麦わらの一味になって初めて着いた島は、活気に溢れていた。

「随分栄えてる島だな」

「そうだね……」

 隣を歩くサンジに、相槌を打つ。こうして一緒に島を歩くのは初めてで、手を繋いだまま歩くのも初めて。ララは少し緊張していた。
 一緒にデートしないか、と誘われたのは、島に着いた時だった。ログは2日で溜まるということで、1日目はそれぞれ好きに過ごすことになり、ララはナミとロビンに服を借りていたため、自分の服を買おうと思っていた。サンジに誘われた時、デートというものがわからず聞くと、サンジはこう答えた。

「好きな人と一緒に、食事をしたりして過ごすことだよ。今日一日を過ごして、ララちゃんのことをもっと知りてェんだ」

 それはララも同じ気持ちだった。断る理由がなく、ララはこうして、サンジとデートしている。

「服屋に行きたいんだっけか。どんな服買いたいとかある?」

「ううん、私、服のことはよくわかんなくて。女ヶ島じゃ、胸と腰元隠すくらいだったから」

「そうか、最初はそんなエロティックで刺激的な服だったね!」

 急に目をハートにしたサンジに、戸惑いながら頷く。

「だからナミとロビンに服を見繕ってもらおうと思ってたんだけど、サンジもオシャレだし、私の服を選んでもらってもいい……?」

「もちろんさ!」

「ぐふふ、ララちゃんにあんな格好やこんな格好を……」とサンジは何やらニヤニヤしている。一抹の不安を感じたが、そんな変な服を選んだりしないだろう。

「おっ、この通り服屋が結構あるな。どの店がいい?」

 ララちゃんが直感でいいなと思った店に入ろう、とサンジが言い、ララはそれぞれの店のショーウィンドウを見る。スリットの入った大人っぽい服、フリルがふんだんについた服、ナチュラルな感じの服。姉様ならあの店の服が好きそうだけれど、自分がいいなと思うのは――

「あんな感じが好きかな……」

 ふんわりしたワンピースに短いズボン。女性らしい格好だが動きやすそうだ。じゃあそこに入ろう、とサンジと一緒に店に入った。
 ピンクや黄色など、色とりどりの服が置かれている。服屋に入ったのも初めてで、少し感動していると、ハンガーとともにサンジが服を手に取りはじめた。なるほど、そうやって服を見るのか。
 これなんかいいと思う、とかざされたのは、淡い色の綺麗なワンピースだった。

「これ一枚でも着れるし、飾ってあったみたいにショートパンツ履いたら動きやすいと思うし。何よりこれを着たララちゃんをおれが見てェ!」

「へえー、可愛いね! 試しに着ることってできるの?」

「できるよ。あと何着か選んだら、試着してみようか」

「うん!」

 その後もサンジにいろいろコーディネートを考えてもらい(心なしか露出が多い気がする)、試着室へ入った。服に袖を通すとサイズがピッタリで、サンジはその辺もちゃんと見てくれてたんだなと気づき、少し恥ずかしくなる。夏島用のビキニというものまでピッタリで、どこまでサイズを知ってるんだろうと疑問に思った。

「……サンジ?」

 カーテンを少し開けて外を見る。サンジは近くの椅子に座って待っていた。

「お、着れた?見せてもらってもいい?」

「あ、服は全部着れて、今の服に着替えたところ」

 そう言うと、ええー全部着ちゃったの!?とサンジはショックを受けたようだった。

「見せなきゃダメだった?ごめんね、私知らなくて……」

「いや、いいんだ……これからの楽しみだと思えば……」

 選んでもらった服を買い、店を出る。辺りは薄暗く、夜が近づいてきていた。

「あとは、なんか買いたいのあるかい?」

「あとはないかな……サンジは?」

「おれも特にねェかな……ララちゃん、腹は減ってない?」

「ちょっと減ったかも」

「じゃあディナーにしようか」

 道行く人におすすめのレストランを教えてもらい、ララたちはそのレストランへ入った。雰囲気はとても良く、美味しそうな匂いが漂う。ボーイが椅子を引いてくれ、ありがとうと微笑むと、彼はかすかに頬を赤らめた。それからサンジの方を見てサッと青くなったかと思うと、ごゆっくりお過ごしくださいと言って、そそくさと去ってしまった。不思議に思ってサンジを見るが、特に変わったところはなかった。

「ん? どうかしたかい?」

「ううん、何でもない……これがメニュー?」

 目の前に置かれたメニューを開く。長々とした料理名が並び、なんだか高そうだ。さっき服を買ったので、自分の手持ちは少ない。お金は大丈夫か聞くと、それを聞くのは野暮だよとサンジは笑った。

「お金のことは気にしないで、好きなの頼んでいいよ。おれが出すから」

 ほんとに大丈夫なのかなとララは心配になったが、サンジを信じることにした。出てきた料理は、さすが勧められるだけあって、とても美味しかった。

「美味しいね!」

「うん……なかなか凝った味付けしてる」

「へえー、やっぱり食べてわかるんだ……バラティエにいた時、サンジは偉いコックさんだったの?」

「ああ、副料理長やってたよ」

「副ってことは、サンジより上の人がいたの?」

「いたよ。その人にガキん時から料理を教わってた」

 ほんとに世話になった、とサンジがしみじみと言う。彼にとって、親のような存在なのだろうか。自分たちにとっての、グロリオーサやシャッキー、レイリーと同じように。

「ララちゃんは、いつから九蛇海賊団に入ってたんだい?」

「私は――」

 今度は、自分のことを話し出す。
 それからララとサンジは、一時間近く話をした。サンジの話を聞くのも、自分の話をするのも楽しく、いつの間にか時間が過ぎていた。そろそろ出ようかとサンジが言い、会計を済ませると、ララたちは店を出た。
 すっかり空は暗くなり、街灯やネオンが煌めく。差し出された手を握り返すのも、だいぶ慣れて来た。

「ごめんね、奢ってもらっちゃって……」

「はは、気にしなくていいよ。男が奢るのはデートのマナーだから」

 なるほど、デートというものには、マナーがあるようだ。それでも少し罪悪感があり、ララはサンジに尋ねた。

「サンジはどこか行きたいとこある? 私の買い物に付き合ってくれたし、どこでも行くよ?」

「ええっ、どこでも!?」

 サンジは何故か目をハートにして驚いた。

「そうだな〜、ララちゃんがそう言うなら……いや、ダメだ、ララちゃんのことを考えれば……クソ、耐えろ、サンジ!!」

 だらしなく鼻を伸ばしたかと思えば、頭を抱えて何やら苦悩している。

「サンジ、どうしたの……?」

 サンジはハッとしたようにこちらを見た。そして切なげに言った。

「……おれは、ララちゃんと二人きりになりてェんだが、ララちゃんはどう思う?」

 二人きりになる。今まで船の中で、夜に二人だけになることがあった。そしてその時間は、自分がサンジに慣れるための時間――つまり、『触れ合う』時間だった。
 少し肌寒い外気の中、顔だけが熱く感じる。ララにとって『触れ合い』は恥ずかしいものだったが、決して嫌なものではなく、幸福感が上回った。ララはサンジと目を合わせられず俯きながら、答えた。

「私も、サンジと二人きりになりたい……」

 ひやりとした風が、火照った頬に心地よい。頭を撫でられ顔を上げると、サンジがこちらに微笑んでいた。ララの好きな、優しい笑み。

「さっきのレストランで、店員に夜景が見られる穴場を教えてもらったんだ。そこに行こうか」

 うん、とララは頷く。サンジに連れられ辿り着いた場所は、大きな丘の上だった。

「わあ、すごく綺麗……!」

「こりゃ、すげェな……」

 眼下には、綺麗だなんて言葉じゃ足りないほどの、絶景が広がっていた。幾つもの光が、秋の澄んだ空気の下、溢れんばかりに瞬いている。栄えた街に行くことはあったが、こんな景色は今まで見たことがなかった。
 見とれていると、ふいに隣からゆっくりと腰を引かれる。見上げれば、サンジが唇をほころばせ、自分の頭へ手を伸ばした。そして、優しく撫でられる。

「これは、もう大丈夫?」

 サンジを見つめたまま、ララは頷く。これは?と、頭から頬へ大きな手が滑る。恥ずかしさと、少しの期待をもって、もう一度頷いた。

「これも?」

 サンジが近距離で囁く。間近にある真剣な瞳に、ララは目をそらせなかった。

「……大、丈夫」

 サンジは少し笑って、目を閉じてと小声で言った。緊張しながら、ララは目を閉じる。近づいてくる彼の気配。そして――
 唇に柔らかな感触。二度目の口づけは、優しくて穏やかなものだった。
 瞼を開けると、サンジと目が合う。照れて笑えば、彼も笑い返してくれた。

「できたね」

「うん、よかった……」

「はは、そうだね……もう一回、してもいいかい?」

 いいよ、と頷き、再び目を閉じる。三度目のくちづけは、どんな感触がするだろう。そう期待を膨らませながら。

20181130

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