好きなひと

 ――最近、なんだか視線を感じる。
 ナミたちとお喋りしてるとき。チョッパーの薬草干しを手伝っているとき。ゾロに何とか姉様の話を聞かせるべく(ゾロ以外の皆は一通り聞いてくれた)、作戦を練っているとき。ルフィの近くで海を眺めているとき。
 視線の主はいつも同じで、目が合って笑いかけると、何故か後ろを向いて壁やテーブルをゴンゴン叩く。何かのメッセージだろうか。理由を聞きたいけど、なんとなく聞けないでいた。少し、距離を感じるようになったからだ。
 前はよく話を聞いてくれて、彼のそばにいることも多かった。でも今は――

「……サンジ?」

 皿洗いしているサンジに、ララは声をかける。もくもくとハート型の煙を上げていた(すごい技だ)サンジは、驚いたようにこちらを見た。

「うおっ、ララちゃん!?」

 どうしたんだい?と動揺している彼を不思議に思いながら、答える。

「手伝おうと思って……私、お皿拭くよ」

 洗われた皿を取ろうとすると、サンジは慌てたように言った。

「いや、皿重てェだろうし、大丈夫だよ」

「……………」

 優しい口調だったが、強い意志を感じ、ララは伸ばした手を止めた。最近、いつもこうだ。前は手伝わせてくれたのに、今は何故かさせてくれない。一緒にいることを、拒んでいるみたいだ。

「……どうして?」

「えっ?」

 ララはサンジを見上げた。

「なんで、一緒にいさせてくれないの? 私のこと、嫌になった……?」

 悲しい気持ちが溢れ出し、思わず涙がこぼれる。こんなことで、泣いちゃいけない。強く、気高くなるために、姉たちにもう、泣き虫と笑われないために、この船に乗ったのに。気持ちに反して、涙はポロポロとこぼれ落ちる。

「私が、姉様(あねさま)姉様うるさいから? それとも、私が――」

 思えば、あの話をした後から、距離を感じるようになった気がする。こんなことになるなら、話さなければよかった。サンジを信じなければよかった。

「私が、昔――」

 その後の言葉は、体を包むあたたかい体温で遮られた。抱きしめられている。理解して、困惑する。どうして、抱きしめられているんだろう。サンジを見ようとするが、結構がっちりと腕が回されているため顔を動かせなかった。

「サンジ……?」

「違うんだ、ララちゃん」

 耳元でサンジが言った。

「ララちゃんのことを嫌になってなんかねェんだ……むしろ反対で……好きなんだ」

「えっ?」

「おれは、ララちゃんのことが、好きなんだ。こんな感情初めてで、どうしていいかわからなくて、ララちゃんを遠ざけようとしてた……ララちゃんが近くにいると、緊張して、どう接すればいいのかわからなくなっちまうんだ……誤解させちまって、ごめん」

 情けねェよな、とサンジは自嘲する。好き、というのは、姉様のルフィへの感情と一緒なのだろうか。つまりそれは、恋愛感情、というもので、姉様に聞いたその感情は――

「……ずっと、一緒にいたいっていうこと?」

 一緒にいて、話したり、触れたりしたい。相手の一挙一動を見ていたい。願わくば、相手にも自分を好きになってほしい。
 照れながらも教えてくれた、姉様の言葉を思い返していると、腕が少し緩んで、サンジの顔が見れた。予想以上に近くて、少し恥ずかしくなる。サンジって、こんなに整った顔してたっけ。彼は真剣な表情で言った。

「そう。ずっと、ララちゃんと一緒にいてェんだ」

 どきりと、胸が音を立てた。
(何、これ……?)
 心臓がバクバクとうるさい。顔も何だか熱い気がする。どうしたんだろう。これは、何なんだろう。

「……サンジ」

「ん?」

「なんか、サンジの言葉を聞いた途端、胸がドキドキして……恥ずかしくて、嬉しくて……私もずっとサンジのそばにいたいって思うの。これって……」

 サンジは驚いたように左目を見開いて、それから優しく笑った。

「恋、だと思うよ」

 ――恋。
 姉様のルフィへの感情は、こんなに甘酸っぱいものだったんだ。
 急に、サンジに見つめられていることが、腰元に彼の手が触れていることが、恥ずかしくなる。離れたいと思ったが、触れられたいという気持ちもあり、ララは自分自身に戸惑う。
(ど、どうしよう……!)

「ララちゃん……」

 頭を撫でられ、床に視線を落としていたララは目を上げる。サンジの瞳に自分の姿が見えるほどの距離に、彼がいた。驚くと同時に、唇に柔らかい感触が――

「もう、ダメ……」

 くらりと眩暈がすると同時に、目の前が真っ暗になった。



 瞼を開くと、見慣れた大きな瞳と目が合った。

「チョッパー……?」

「大丈夫か? 痛いとことかないか?」

 頷きながら、体を起こす。白いベッドに、薬の入った棚。医務室にいる様だった。

「急に気を失ったんだってな。なんかあったのか?」

 あったといえば、あった。でもチョッパーに話したくはなくて、ちょっとね、と濁せば、彼は眉を下げた。

「……サンジがな、すげェ心配してたぞ。『おれのせいだ』って、言ってた」

「サンジのせいじゃないよ。私がただ、男慣れしてなかったせいで……」

 これは本当のことだ。そう言うと、チョッパーは納得したようにうなずいた。

「そうか、ララは女しかいない島にいたんだもんな! ん? でも、サンジがララになんかしたのか?」

 首をかしげるチョッパーに、何て言おうか困っていると、ノックの音がした。

「チョッパー、ララちゃん目ェ覚めたか?」

 サンジの声だった。またドキドキと、心臓の鼓動が早くなっていくのを感じる。

「ああ! 入っていいぞ」

「えっ」

 まだ心の準備が、と言いかけたところで、サンジが中に入ってきた。急に、髪が乱れてないかどうか気になり、慌てて手櫛で整える。なんだかサンジの方を見れなくて、かけている白い布団へ目を落とした。

「……チョッパー、悪ィけど、席外してもらってもいいか?」

「えっ? ああ……」

 扉が閉まると同時に、チョッパーが座っていたスツールに、サンジが腰掛ける気配がした。

「ララちゃん」

 呼びかけられ、サンジの方を見る。目が合い、大きく心臓が跳ねた。彼は申し訳なさそうな顔をしていた。

「ごめんな、あんなことしちまって……」

 ぶんぶんとララは首を振る。

「サ、サンジのせいじゃないよ、私が慣れてなかったから……」

「いや、おれがもっと考慮すべきだったんだ。ララちゃんのことを考えるべきだった」

 手を握ってもいいかい?と聞かれ、ララはこくりと頷く。自分より大きくごつごつした手に優しく包まれ、緊張がちょっと緩んだ。

「サンジの手は、大きいね。私と全然違う」

「はは、男だからな……男だから、体格も全部、ララちゃんとは違う」

 サンジは微笑みながら言葉をつづけた。

「だからちょっとずつ、ララちゃんが男に……おれに慣れていくように、していけたらいいと思うんだ」

 彼の言葉に、じんと胸が熱くなった。ララちゃんはどう思う?と尋ねられ、ララはゆっくりと答えた。

「うん。私も、サンジに慣れていきたいって思う。サンジのことが、その、好きだから……」

 声に出して言うと、恥ずかしさが湧きあがり、ぼっと顔が熱くなる。恐る恐るサンジを見ると、彼は何故か、片手で頭を抱えていた。

「あー……ララちゃん、そんなかわいいこと言われると……」

「え?」

「……いや、何でもねェ」

 初めての感情。初めての恋。初めての好きなひと。
 その人がサンジでよかったと、彼の手のあたたかさを感じながら、ララは思った。

20180930

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